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一部残酷な描写があります。
その日エレンはこう言った。
「どうして、私を見てくれないの?」
こうして目の前にいるのに、何を言っているのだろう?僕は彼女の真意がわからず、黙って聴いていた。
「あなたは私を愛しているのじゃなかったの?私はあなたのすべてじゃなかったの?」
思いつめた表情で、目に涙をいっぱいに溜めて、訴えかけてくるエレンに僕は戸惑い続けた。
「私はこれから先ずっとあなたと一緒に生き続けることができるのよ?それなのに、あなたは私のことを愛していないんだわ。それだから私のことを置いていったのね」
どういうことだろう。エレンの記憶は僕が彼女を捨てて出ていく前までのはずなのに、どうしてそのことを責めるのだろう。彼女の記憶は混濁していた。そしてエレンは唐突に叫んだ。
「あなたはエステルを愛しているのよ!」
エレンの言葉に僕は驚いた。エレンは憎しみと悲しみの混ざった色を浮かべた瞳から涙を流しながら、僕に近づいた。
「私は、生まれてきてよかったの?あなたにとって、私はただの思い出に浸るための人形なの?」
エレンはそう言うと、隠し持っていたナイフを僕の心臓めがけて突き刺した。
「あなたも私と同じようにあの頃に戻って?」
エレンの中で自分の存在はどのように理解されているのだろう。
確かに、エレンの言う通りかもしれない。僕が「エレンに会いたい」と言ってから、エステルは僕の孤独を埋めるためにエレンという存在を生み出した。エレンそのものの姿をした、限りなくエレンの記憶を持つ、エレンと同じ感情を持つ存在。遠い昔に忘れていたその存在が目の前に現れたとき、僕の中で「これは夢だ」という気持ちと、一気に時が遡った感覚とが混ざり合って、僕は失くしたものを再び手に入れることができた喜びを優先させてしまった。
今僕の目の前にいるエレンは、幻なのだ。かつて愛していた人そっくりのもの。
そして、長い年月の中で、僕の中で彼女への愛はもう遠く過ぎ去った過去のものとなっていたのだ。
エレンとの暮らしが始まって、エステルが姿を見せなくなって、僕は落ち着かなかった。エステルが僕と距離を置き始めた気がしたからだ。エレンとの毎日は遠い昔のあの時のまま、穏やかで幸せなものだったけれど、それはどこか色褪せたアルバムの写真を見るような、感傷にまみれていた。エレンを通して、エステルのことを思い出し、エステルは今何をしているのだろうかと思い、一緒に庭園で過ごしてきた日々を思い出しては、いたたまれない気持ちになっていた。
そうか、僕はエステルのことを愛していたのだ。僕の胸が罪悪感でいっぱいになる。
「エレン様!何をなさっているのですか!」
メイソンの声が聞こえた。
「アイオン様!しっかりしてください!」
エレンは僕から離れ、窓のほうに近づいた。
「小鳥さん、いらっしゃい。私があなたを永遠に生きられるようにしてあげるわ」
くすくす笑いながら、窓辺に訪れていた小鳥を捕まえると、エレンは恍惚とした表情を浮かべていた。そうして、ハサミを取り出すと、暴れる小鳥を切り裂いた。小鳥の激しい断末魔の叫び声が部屋に響いた。
「エレン様!おやめください!」
メイソンの叫び声が聞こえる。エレンは血だらけの手に小鳥をそっと乗せたまま、庭園へと向かっていった。
いくら不死身とはいえ、傷が深いので、意識が遠のいてきた。
「アイオン様!応急処置をしてミス・キリシマを呼んできます!」
まさかメイソンのエマージェンシー機能を使う日が来るとは思わなかった。メイソンは応急手当をすると、僕をベッドに横たわらせ急いで部屋を出ていった。
庭園のほうから、エレンの忍び笑いが聞こえてくる。そして、エステルを責めるのが聞こえてきた。
エステルを守らなくては。僕はふらつく体を起こして庭園へ向かった。




