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 窓を開けると、ひらひらと桜の花びらが舞い込んでくる。春の柔らかな日差しの中、風に舞う花びらを見ていると、これが夢なのか現実なのかわからなくなってくる。

 穏やかな寝息を立てながら眠るエレンは、触れたら消えてしまいそうに思うのに、現実として確かに存在している。今のこの感情をどう表したらいいのか。喜びと戸惑い、不安と疑念、そして得体のしれない恐怖。目の前に存在するエレンは、遠い昔、別れたときの姿のままだけれど、僕は彼女が年老いてこの世を去ったのを知っている。そこに生じる齟齬をどう考えればいいのか。あの日、エステルとともに現れたエレンの姿を見て、僕は思わず彼女を抱きしめたけれど、それは果たして、正しいことだったのだろうか。

 エステルはあの日以来、ほとんど現れなかった。あの日の翌日、エレンについて簡単に説明を受けた。自分の中の遺伝子を使ってエレンを生み出したのだという。記憶についても、遺伝子情報の中から読み取ったものを合成して、データとして抽出し植え付けたという。

「私たちと何ら変わらない人間よ。ただ、ほんの少し老化する速度が遅いし、メンテナンス次第ではあなたと同じように永遠に生きられるわ」

 エステルはあれ以来、隣接する彼女の研究所にいるのに、必要最低限に訪れるだけで、それも話もそこそこにすぐに帰ってしまう。屋敷にはエレンと身の回りの世話をするメイソン以外おらず、そのことがますます現実離れした空間を生み出していた。失ったはずの時間が戻ってきたような錯覚を起こして、ふとした瞬間に軽いめまいを覚える。

「アイオン…?」

 目覚めたエレンのけだるげな声が聞こえた。

「起こしちゃったかい?」

「おはよう。気持ちのいい朝ね」

 起き上がったエレンは、にっこりと微笑む。先ほどまでのもやもやした気持ちはかき消され、愛おしさがこみ上げる。

「とても気持ちの良い朝だよ。朝食を食べたら庭園を散歩しよう」

 彼女の乱れた髪を撫でつけながら、額に口づけると、エレンは幸せそうに笑った。


 メイソンの用意した朝食を食べ終えると、エレンと庭園に行った。こうして桜吹雪の中、僕の傍らで微笑むエレンを見ていると、時が止まってしまったような気になる。ここにいるエレンは、あの時のエレンと寸分たがわぬと言ってもいいくらいだった。けれど、かすかな違和感はぬぐえない。どこが、と具体的に言うことはできないけれど、やはり、オリジナルではないのだ。生物学的には、本人と変わらないとエステルは言っていた。生前の彼女の記憶も限りなく再現してあるという。けれど、些細な表情であるとか反応が、僕の記憶の中のエレンとはズレがあるのだ。それは長い時の中で僕の記憶が美化されていたり、改ざんされたからかもしれない。けれど、ぬぐい切れない違和感が少しずつ膨らんでいくのも確かだった。

「アイオン、難しい顔してどうしたの?」

 エレンが上目遣いで僕の顔を覗き込んでくる。愛らしさはあのころと変わらない。

 まだ今は、夢を見ていたい。エステルが叶えてくれた僕の夢を、もう少しでいいから味わっていたい。そう願うのはただのわがままだろうか。

「何でもないよ。桜ももう終わりだね」

 エレンの髪を撫でながら、空を見上げる。舞い散る花びらは何千回も繰り返し眺めてきた光景と変わらない。これが幸せというものだろうか。変わらずにあること、繰り返される命、そこに僕が抱えてきた孤独は、エレンが現れたことで鳴りを潜めた。

 少なくとも、エレンの存在が僕を孤独から救うなら、しばらくは覚めない夢の続きを見るのも悪くないことなのかもしれない。本当に夢みたいだ、と思う。夢ならば覚めないでほしいとも思う。僕は本能が危険だと囁くのに抗うのをやめて、今はこの甘い夢に溺れたいと思った。


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