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 アイオンは彼自身の希望もあって、変わらずひっそりと暮らしていたため、彼の存在そのものは社会からは切り離されたままだった。なので、私はキリシマに気づかれないよう、こっそりとアイオンのもとを訪ねることがあった。アイオンの暮らしぶりが気になったし、定期的に様子を見に行くようにしていたからだ。キリシマには祖母の遺した郊外の屋敷の様子を見に行くと言って出かけていた。もともと私も母から譲り受け、自分の研究施設として使っていたこともあり、何ら疑われることもなかった。ところが、いつもなら何も気にしないはずのキリシマが、その時に限って、突然私の後を追ってきて、アイオンの存在を知ってしまったのだ。

 これは予想外だったのだが、キリシマはアイオンの存在に激しく嫉妬して、取り乱した。キリシマにとって、アイオンは私が隠していた愛人と認識されたのだ。私自身がキリシマに対して抱いていた同じ研究者としての尊敬と同志としての存在という感情と違って、彼の中に私に対するそんなに激しい感情があるとは思ってもみなかった。誤解を解きたいと思った私は、本当のことを話してよいものかどうか迷った。結果、アイオンの存在は私の研究目的にも関わることであるのを伝えたいと思い、キリシマに話した。今まで話さなかった理由については、アイオンが抱えている事情から他人との接触を極端に避けているため、と話した。

 キリシマは納得し、誤解は解けたのだが、それからというもの、アイオンに異常な興味を持ち、私の知らないところで血液や細胞を採取して、自分の研究材料として利用し始めていた。

 アイオンは、私たちが仲違いするのを恐れて、そんなキリシマの非礼にも耐え、私にもそのことを話さずにいたため、私が気づいたのはキリシマの論文が発表される寸前だった。キリシマのパソコンにたまたま書きかけの論文が開かれたままの状態だったのを、何気なく目にした私は、そこにアイオンの存在に関する記述を見つけてしまった。私はとっさに論文を消去し、データそのものも消去した。

 そこへ戻ってきたキリシマと口論になった。

「なんてことをしてくれたんだ!」

 研究者として、その成果をまとめた論文が消されたのだから無理もないことだ。

「君こそアイオンをただの実験対象として独り占めしてきたんじゃないか!」

 キリシマは憎しみの籠った目で私をにらみつけ、そう言い放った。

「違うわ!少なくとも私は、彼をひとりの人間として見ているわ。あなたは私の祖母と同じ、彼を研究材料としてしか見ていないのよ!」

 その日を境に、私は郊外の研究施設に居を移し、キリシマとは別居した。こうなることを恐れて隠し続けていたアイオンの存在だったが、やはりキリシマも祖母と同じように研究者としてアイオンの存在に魅入られてしまったのだ。

 アイオンは自分が原因で仲違いした私たち夫婦に心を痛めていたようだったが、私はキリシマを失うことよりも、アイオンを傷つけることのほうがつらかった。

 何度かやり直したいとキリシマから連絡があったが、私はどうしても彼を許すことも信用することもできず、離婚を望んだ。しかし、キリシマは離婚には応じず、しばらく連絡がこないうちに変異ウィルスに感染し、命を落とした。今なら助かる病気ではあるが、当時は治療法もなく、感染したらほぼ99%が絶命するウィルスだった。

 私は悲しい気持ちもあったが、アイオンが以前話していたように、キリシマが亡くなってどこかほっとした気持ちになっていた。これで私たちの邪魔をされることはなくなったのだ。

 私が何より恐れていたのは、アイオンを再び永遠に続く孤独に残さなければならなくなることだった。

 あの日、アイオンは言った。「エレンに会いたい」と。

 私は祖母やキリシマとは違う方法で、彼を救いたいと思った。アイオンの身や心を切り刻むのではなく。

 そこで立ち上げたのが、「エレンプロジェクト」だった。

 それが今から200年前。キリシマの死後、100年が過ぎていた。


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