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あのころと違って、今では瞬間転移装置を使えば、世界中に設置された主要なステーション間の移動は瞬時に行われる。それでも、ステーションから離れた場所へは、昔ながらの移動手段に頼らざるを得ない。あの森は、最寄りのステーションからエアカーに乗っても、数時間はかかる。世界遺産の一つとして、その開発は禁じられ、保全を命じられている一角だ。一般人は立ち入り禁止区域ともなっている。その地域一帯の管理を任されているのが、彼だった。
「ようこそ、トレム庭園領へ」
屋敷の前に着くと執事ロボットが声をかけてくる。
「メイソン、久しぶり」
私の顔を確認すると、ロボットは微笑んで挨拶をした。
「これはミス・キリシマ。お待ちしておりました。お元気でしたか」
物腰の柔らかさは、執事そのものだ。
「1週間ほどお世話になるわ。よろしくね」
私が言うと、メイソンは嬉しそうな表情を見せながら、私の荷物を運んでくれる。私の荷物を持ちながら、屋敷への道のりをゆったりとした足取りで先を行く姿を見ていると、遠い昔の侯爵令嬢にでもなった気分になる。
バラのポーチをくぐり、あたりの桜の樹々を見上げると、たくさんのつぼみが今か今かと咲き始めるのを待つように膨らみ始めていた。
「アイオン様、ミス・キリシマがお見えになりましたよ」
メイソンが声をかけると、屋敷の中からアイオンが現れた。
「エステル!」
初めて会った時と変わらない、銀色の美しい髪とエメラルドグリーンの瞳を輝かせて私を見つめるアイオン。
「アイオン!久しぶり!会いたかったわ。元気だった?」
私はアイオンに駆け寄り、アイオンは私を抱き寄せる。
でもそれは、恋人同士のハグとは違う。恋愛とは違う、しかし、家族よりももっとお互いを思い合う深い感情。私たちは長い年月を過ごすうちにお互いの存在がなくてはならないものとなっていた。
300年前、アイオンと出会ってから、私はアイオンをどうしたら救えるだろうと、ずっと考えていた。アイオン自身の不老不死については、どんなに調べても、なぞは解明できずにいた。彼のような症例は、世界中を探しても、ついに見つけることはできなかった。もし万が一、同じように不老不死の存在がいたとしても、やはりアイオンのようにひっそりと生きているに違いない。
しかし、科学の発展とともに、様々な再生医療や老化を止める技術が発達していくうち、私はそれらの技術を活かして、私たち自身を不老不死に近づけていけばいいと考えた。人間の体を人工の組織と交換し、メンテナンスすることによって永遠の命を手にすればよいのではないか。
そんなある日、「再生医療から見た不老不死の可能性について」という記事を見つけた。その記事でインタビューを受けていたのがリュウ・キリシマという博士だった。彼はもともとその分野のエキスパートだったが、私が彼の研究内容に興味があるとメールを送ると、すぐに返信が来て、快く研究についての話を聞かせてくれた。そして、そんなに興味があるなら研究を手伝わないかと誘われて、私はふたつ返事で引き受けることにした。
同じテーマの研究をする上で、私たちはお互いに必要不可欠なパートナーとなっていった。
私がキリシマ姓を名乗っているのは、彼と結婚したからだ。お互いに研究に没頭していたし、なかなか恋愛関係には発展しなかったのだが、研究のために1日の大半を共に過ごすうちに、ごく自然と一緒に暮らすようになり、結婚という形をとることになった。キリシマを名乗ることで、無名のどこの学派にも所属していない女が、様々な知識や情報を手に入れることが容易くなった。これは私にとっては願ってもないことだった。
私たちはお互いをリスペクトしていたし、一般的な夫婦関係とは異なってはいたが、昼も夜も研究のことだけを考えていられる環境はお互い幸せだった。私の初めての心臓交換手術は彼の手によるものだった。
けれど私は、キリシマにアイオンの存在は伝えられずにいた。彼のことは信頼していたけれど、祖母のように、アイオンを実験対象として扱われてしまうのではないかという疑念がどうしてもぬぐい切れなかったのだ。
そして、その悪い予感は的中してしまった。




