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「キリシマ博士、そろそろ会議の時間です」

「OK、ニア。モニタスイッチ入れて。準備できたら教えて」

「了解しました」

 いつものルーティンワークが始まる。長い髪を結わえながら、コーヒーを手に壁面一杯に並べられたいくつものモニタを一瞥すると、いつものように彼女の状態を確認する。

「バイタルチェック」

「血圧、心拍数異常なし。体温、36.6。ホルモン、ミネラルバランスともに良好」

「OK、ニア。引き続き観察し異常値はすぐ報告するように」

「了解しました」

 部屋の中央に据えられたカプセルの中は、ブルーライトに照らされ、人口羊水で満たされていた。少女は液体の満たされたカプセルの中で夢見るように眠っている。あなたは今どんな夢を見ているのだろう。

 朝だというのに、コーヒーはすでに煮詰まっており、全く美味しくない。設定を間違えたのだろうか。それとも、ニアがわざとヒューマンエラーを真似たミスを設定したのだろうか。おかしな世の中になったものだ。

 会議の内容は取り立てて変わった議題もなく、最近国家プロジェクトとして重点が置かれている「エレンプロジェクト」についてだった。過剰なまでの高齢化社会と、出生率の減少、そして変異ウィルスによるパンデミックで人口が大幅に減少した我が国は、国家の存亡をかけて、不老不死という生き方を模索し始めた。長い間研究が重ねられてきたが、根本的に解決する方法はいまだ見いだせず、長く生きるためには現状の肉体はあまりにも脆弱であるという結論が出ていた。一部の突然変異からなる早期老化現象をもとにアンチエイジング技術が開発され、老化を遅らせる作用を持つ薬品が発明されたものの、肝心の永遠の命は叶えられずにいた。

 そこで、人類はその記憶媒体としての脳の研究と、生身の体の代わりとしてのロボット工学とを組み合わせ、自らをロボット化して生きながらえる方法を生み出した。

 体が損傷を受けたら新たな人工のパーツと入れ替えていくことで脆弱さを補い、脳波やニューロンの活動をコンピュータと連携させることで、記憶の一部を「再現」することを目指す研究が進んでいる。

「記憶についてはその再現度を計測する方法含め、今月中には新たな報告を上げられると思います」

「キリシマ博士、期待しているよ。今や君の研究は世界中から注目されてる」

「了解。最善を尽くします。では、今日の報告は以上です」

「了解。では本日はこれで解散とする。ところで明日からの会議は1週間休みということだが」

「はい。わたくし、休暇をいただきます」

「そうか。では、次回は1週間後、それまでにBセクタの研究報告をまとめるよう指示を出しておく。ゆっくりしてきたまえ」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 モニタの電源を切ると、ヘッドセットを外す。

「ニア、1週間頼んだわよ。何かあったらすぐ連絡するように」

 慣れた様子で端末操作をする秘書のニアに声をかけた。

「お任せください。キリシマ博士、よい休日を」

 彼女はAIロボットだ。昨今のAI技術はそれが世に生まれたころとは比べ物にならないほど発達しており、ロボットの外見もカスタマイズ次第で、人間との見分けもつかないほどだった。私はニアに登録した1週間の予定を確認して、研究所を後にした。

 私はエステル・キリシマ。ロボット工学を学び、「エレンプロジェクト」のメンバーとして日夜研究を続けている。私自身、研究の実験台として、すでに体の大半を人工のパーツと入れ替えていた。心臓に至っては、もう4回も入れ替え、当面死ぬことはないだろう。病気もすでにほとんどのものは治療法が確立されているため、メンテナンス次第では不老不死も夢ではないところまでやってきていた。あとは記憶の問題だ。例えば脳の大半が機能を失ったとしても、その記憶を保持できるよう、再現性が高い方法が見つかれば、コピーではなく、本体が永久機関として生き続けることができるのだ。

 研究も終盤に差し掛かり、実験データをまとめ、検証に入るところまできた。あとはニアのような助手のロボットたちに任せて、結果を待てばよい。ここしばらく、研究所にこもりきりだったから、これを機に1週間の休暇を取ることにしたのだ。

 行く先は、決まっている。

 時の止まったあの森だ。彼との初めての出会いから、すでに300年が経っていた。


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