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そこまで一気に話すと、アイオンは冷めた紅茶を飲み干した。
「エレンは最期に僕に言ったんだ。『あなたがさびしくないように、私はまた生まれ変わって必ずあなたのもとに戻ってくるわ。何度でも、何度でも…』って」
うつむいたアイオンの表情はわからなかった。ティーカップに添えられた手は震えているようだった。私は、そっと手を伸ばし、アイオンの手に触れた。とても冷え切った手をそっと握ると、アイオンは顔を上げた。
「だから、ソフィアが現れたとき、僕はつい、エレンが生まれ変わってきたのだと、思い込もうとしてしまった。この世で唯一、ありのままの僕を受け入れてくれたエレンが、生まれ変わって再び僕の前に現れたのだ、と」
アイオンの顔がゆがんだと思うと、その瞳から涙が零れ落ちた。
「僕はエレンの面影をソフィアの中に探していたから、ソフィアの好意は嬉しかったのだけれど、もう二度と、エレンとの別れで味わった悲しみは味わいたくなかったし、エレン以上に誰かを愛せるとも思えなかった」
「それでおばあさまの告白には応えなかったのね」
私は目の前にいるもう何千年も生きているという青年が、人目もはばからずに泣きながら話している様に心を揺さぶられていた。
「それなのに、ソフィアは戻ってきた。戻ってきたソフィアは、意気揚々と僕を救いたいと言って、僕の体を調べ始めたんだ」
祖母の日記にはあくまでも研究内容として綴られていたが、実際のところは、研究に名を借りた虐待だった。破り取られていたページにはおそらくその内容が書かれていたのだろう。
「彼女は僕の子どもを欲しがり、僕はそれを断り続けた。『あなたを愛しているのよ』と言って、僕を誘惑し、それでも僕が拒み続けたから、ある日、彼女は僕に媚薬と麻酔で意識を朦朧とさせ、無理やり子どもを作ったんだ。とぎれとぎれに残る記憶の中の、彼女の悪魔のような恍惚とした表情を思い出すと今でもぞっとする」
私の知る祖母とあまりにも乖離したそのイメージに、私は吐き気を催した。
「すまない…君に話すべき話ではなかったね」
アイオンは目を伏せたまま、言葉を詰まらせた。
「いいえ…おばあさまはそれだけのことをあなたにしたのだから…」
私は彼の震える肩にそっと手を伸ばした。
「ソフィアが身ごもって、僕はほんの少し、期待をしたんだ。遠い昔、叶わなかった我が子に恵まれることを…そして、エレンと築くことのできなかった幸せな家庭を築けるのじゃないかという淡い夢を…」
しかし、その夢は叶うことはなかったのだ。生まれた子どもは生後すぐに死んでしまった。そしてその死を悲しむ間もなく、祖母はその子どもを研究材料として、切り刻み、標本にしたのだ。
「僕には何よりもそれが耐え難かった…生まれたばかりの我が子を、まるで実験動物のように扱うソフィアの姿は悪魔にしか見えなかった。耐え切れず、僕は逃げ出した。この屋敷に引きこもり、誰とも関わらず、エレンの思い出とともに時を過ごした」
祖母は結局、そこまでしても、研究を成し遂げることができないまま、この世を去った。
晩年の祖母は何を考えていたのだろう。アイオンへの想いはどうなったのだろう。
「ソフィアが亡くなったのは、噂で聞いた。僕は寂しいと思うと同時に、少しほっとしてもいた。僕がこの屋敷に引きこもってから、ソフィアは一度も僕を訪ねてくることはなかった。ほんの少し足を延ばせば会える距離にいるというのに、僕たちは決して再び会おうとはしなかった。それほどに、失くした息子のことはお互いの中の触れてはいけないものになっていたのだと思う。彼女が僕のために、と研究を始めて、その結果、侵してしまったのは、倫理だとかそういったもの以上の、決して手を出してはいけない領域だったんだ。それだから、僕は、その研究が日の目を見ることなく終わったということに、どこか安堵したんだ」
「でも、それではあなたはずっとこのまま…」
私が言うと、アイオンはやっと顔を上げ、私を見つめた。
私は胸が苦しくなった。何千年も、終わりのない時を生き続け、愛する人との別れを繰り返し、人々から存在を隠し続け、そこにあるのは底知れぬ孤独と果てしない時間だけだ。
「アイオン、あなたの今の本当の望みはなに?私には何もできないのかしら…」
アイオンはエメラルドグリーンの瞳で私をじっと見つめると言った。
「エレンに…会いたい」




