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庭園の中のベンチに並んで腰掛けると、僕たちはお互いの想いを話し始めたんだ。
驚いたことに、エレンは昔と変わらぬ姿のままの僕を受け入れてくれた。彼女は、見た目こそ老女になっていたが、中身はあの頃のまま無邪気なかわいらしいエレンのままだった。
「あなたがいなくなってから、私はずいぶん悲しんだし、一時はあなたを恨んだこともあったわ。でも、あなたは訳もなくあんなことをする人じゃないと思ったの。それで、執事のメイソンさんに食い下がって、どうしてあなたがいなくなったのか聴きだしたの」
「メイソンはなんて?」
「メイソンさんは詳しくは教えてくれなかったけれど、あなたがいつか戻ってくるだろうって、言ってらしたわ。でも、それは私が結婚し、いつかあなたを忘れるころのことだろうって」
執事は僕との約束を守ってくれたんだ。それだけで僕は胸が熱くなった。
「それを聴いて、私はあなたが私の前から消えたのはよほどの覚悟と決心があったのだと思った。それなら、私はあなたのその気持ちを尊重したいと思ったの。だから、結婚もして、子どもも産んで、ごく普通の暮らしを送ってきたの。それはそれなりに幸せだったわ。あなたとの思い出もいつか美しい思い出に変わっていったの。でも、父が亡くなって、屋敷を片付けるときに、肖像画が出てきて。私はどうしてももう一度、あなたに会いたいと思うようになったの」
「肖像画?」
「忘れてしまったかしら。二人で桜の舞う中にいる肖像画があったでしょ。あれは私の誕生日に、描いてもらったものだった。とても気に入っていたのに、あなたがいなくなったあと、悲しくていたたまれなくて、屋根裏にしまい込んであったのを、見つけてしまって。胸にしまってあったあなたへの想いや思い出が溢れてきて、一目でもいいから、あなたに会いたいと思ったの」
エレンはそこまで語ると、涙を浮かべて僕をじっと見つめた。
「それから毎年、桜の季節になるとここを訪れ、メイソンさんにあなたの消息を尋ねたわ。でもメイソンさんは何も知らないというだけで、そのメイソンさんも亡くなって、息子さんが後を継いでこの屋敷の管理を始めるようになってからは、近くまで来ては眺めるだけになっていたの。あれからずいぶん時が流れて、私ももういつこの世を去るかわからない。だからせめて、最期に一目だけでもあなたに会いたいと、そう思って今日もここにやってきたの」
僕はエレンの頬を流れる涙をそっと指で拭った。
「初めてあなたと会ったとき、私はあなたは天使なんじゃないかと思ったの。桜吹雪の中、とても美しくて、はかなげで、今にも消えてしまいそうな姿が。そして、パーティーの日、現れたあなたを見て、信じられなかった。時が過ぎたのに、あの時のまま変わらぬ姿で現れたあなた。私はやっぱりあなたは天使なのかもしれないと本気で思ったの」
「僕は…天使なんかじゃない…」
やっとの思いで絞り出した言葉に、エレンは首を横に振った。
「天使でも、天使でなくても、そんなことはどうでもいいわ。あなたにもう一度会うこと、それが私の願いだったのだから。アイオン…帰ってきてくれてありがとう」
僕はエレンをそっと抱きしめた。年老いた彼女は、すっかり痩せてしまって、僕の腕の中にすっぽりと収まってしまう。
「あなたはずっと変わらないのね。私は、こんなおばあさんになってしまって…」
「君がどんな姿になろうと、君そのものはあの頃のままじゃないか。何も言わずにいなくなってしまって本当に済まなかった。こんな僕では君を幸せにすることはできないと思ったんだ。本当に許してほしい」
「許すも何も、あなたのおかげで私はこの年まで幸せに暮らすことができたわ。でも、やっぱり、あなたと一緒に過ごす時間も欲しかったわ」
それから僕はエレンに、僕が不老不死であること、そのために愛する人を何度も失くし、悲しい思いをしてきたこと、それだからこそエレンを幸せにする自信がなく、何も言わずにいなくなったことを話した。エレンは静かに僕の話に耳を傾けていた。穏やかな表情は、彼女の現在までの暮らしが幸せなものだったことを物語っていた。
「私はもう長くないと思うの。それでメルセンヌの屋敷で療養を兼ねて過ごすことにしたのだけど、おそらく夏は迎えられないわ」
そういうとエレンは僕の手をそっと握った。
「だからね、アイオン、もういなくならないで。私がこの世を去るまで、せめて近くにいてほしいの」
僕は長く生きてきたからか、人がこの世を去る時をなんとなく感じるのだけど、確かにエレンはもう先が長くなさそうだった。
「わかった。僕はもう逃げないから。最期まで君のことを見守らせてもらう」
そして本当に、エレンは桜が全部散り、新緑の季節を迎えるころにこの世を去ったんだ。




