プロローグ
森の入り口にピンク色の花びらが落ちていた。
この近くに桜の樹などあっただろうか。辺りを見回すがどこにもない。
どこかから風で運ばれてきたのだろう。そっとつまみ上げると手のひらに載せた。
「あまり遠くまで行ってはダメよ」
おばあさまの声がする。
「はあい」
私が返事をしたその時、急に強い風が吹いた。
「あっ!」
ザアッという樹々の音と一緒に、私の帽子が飛ばされた。
慌てて帽子の飛ばされたほうを向くと、そこにはこの世のものとは思えないほど美しい青年が立っていた。美しい銀色の長い髪が風に舞い、じっと私を見つめているその瞳は澄んだエメラルドグリーンだった。
青年は私の帽子を手にしていた。
「あ、ありがとう、それ、私の帽子」
少しどぎまぎしながら私が言うと、青年はそっと帽子を差し出した。
「エレン?大丈夫?」
おばあさまの声がする。
「大丈夫よ!帽子が風に飛ばされて」
帽子を受け取りながら振り返りおばあさまに返事をし、もう一度きちんとお礼をしようと私は青年のほうに目を向けた。
しかし、青年の姿はなく、桜の花びらが風に舞っているだけだった。
「エレン?日が暮れてしまうわ。そろそろ帰るわよ」
今のは夢だったのだろうか。でも、確かに帽子を受け取ったわ。
帰り道、何度も青年の姿を記憶の中で反芻しながら、彼は、天使だったのかもしれない、と、私は思ったのだった。