元に戻って
「これは…火傷の痕が残ってしまうわ。貴方はそれほど気にしない痕でも、周りの人が見たら酷く醜く爛れていると思ってしまうでしょう」
顔が熱くて痛くて、記憶は曖昧だけれど、そんな事を言われながら母に薬を塗られたんだ。
「ウィルデルト様!!!だめ!!!ああ!!!っっ!!!!」
「……こんなにも簡単に顔が変えられるんだな。これは、規制しなければならない代物だ。確かに簡単には手に入らないが…ぶつぶつ」
バッチーーン!!
私は思わず第二王子ともあろう方の頬を叩いて、襟を掴んで揺すった。
「な、何と言う事を!!何と言う事をしたのですか!!!うっ……どうして…」
「…醜い僕は愛せそうにないかな?」
「試すような真似をする人など大嫌いです!!」
「だって、試さなければ君は君の気持ちに気付けなさそうだったから」
「大馬鹿者です、ウィルデルト様は…」
私はウィルデルト様の上に跨って、小瓶の底に僅か残った薬を再び振りかけようとした。
「それは君のだ」
「えっ…」
「手に入ったのは、その小瓶だけ。僕に使ったら、君の分がなくなるぞ」
「…そうですか、では」
躊躇いもなく、ウィルデルト様の顔にかけた。
「ウィルデルト様、元の美しい貴方に戻ってください」
「…馬鹿は君の方だ」
「どうせ私はこの顔で何年も生きて来たのですから。何も変わりませんわ」
しゅうしゅうと元の顔に戻っていく。
嘘みたいに爛れは消失した。
「ほっ…」
安心したけれど、心臓がまだバクバクする。
「…退いてくれないか?」
「た、大変失礼しました!!取り乱してしまい、申し訳ございません!そ、その、引っ叩いたりして…鞭打ちでもなんでも喜んでお受けします!!」
ウィルデルト様は、薬で濡れた髪をかき上げると、ネクタイを緩めながら扉へと去って行こうとした。
「そんなことはしない」
「で、でも…」
「そうだ、これを」
投げられた物をキャッチする。
見るとそれは、先ほどの薬と同じ小瓶だった。
「実は、手に入ったのは二つだ」
「…っっ!やっぱり試したのですね、酷い人…」
「元に戻りたければ、戻れば良い。帰りたければ帰ってくれ」
「ウィルデルト様…」
「君を閉じ込めたのは、ただの僕のエゴだ。…それから、本当はクラウディア家は君を捜索している。君に嘘ばかりついているな。すまない」
扉を開けて出て行こうとする背中を強く抱きしめた。
「…ティファニー?」
ウィルデルト様も驚いていたけれど、一番驚いているのは私自身だ。
「わ、私、その、一人で上手に薬を塗る自信がありませんわ」
(言うにかこつけて、子どもみたいな事を言ってしまった!)
ぷっと吹き出す。背中がぴくぴくと震えている。
「ウィ、ウィルデルト様…?」
「本当に君は面白いな。くくく」
途端に恥ずかしくなって、抱きしめていた腕を緩めた。
「あれ?一人では塗れないのだろう?離したら行ってしまうぞ。良いのか?」
「底意地の悪い人も嫌いです」
ぷいとそっぽを向いた。
ぎゅっと腕を引かれて、ソファにすとんと座らされる。
ウィルデルト様は跪いて、私の化粧を丁寧に落とした。
「…女性の化粧を落とすのに、随分と慣れていらっしゃるのですね?」
「黙っていろ」
けれど、黙ったら黙ったで、沈黙に焦れじれして来たらしい。
「〜〜〜っっっ!!!言っておくが!こんなことをするのは君が初めてだ!!」
「嘘ばっかり!コットンに染み込ませる手つきから、化粧を落としていく手順から、随分と慣れてらっしゃいますわ!」
「……っさいな…」
「なんです!」
「…てたんだよ…」
「はい?」
「この前!君が化粧を落とすところをずっとずっとじーっと見てたんだよ!!!!悪いか!!!!それがあんまり綺麗でずっと頭の中に思い描いて…あっ……」
口が滑ったらしい。手で口を塞いでいる。
「…えっと?こんなに手慣れるほど思い描…」
「うるさい!うるさいうるさーーーい!!!」
耳まで真っ赤にしながら、悪態をついている。
「へ、変態染みていると思ったんだろう!?ああそうさ!」
「いえ、もう今更なにをされても驚きませんが…」
きょとんとする。なにしろ私は監禁中なのだ。
「うっ…。……でも、綺麗だったんだよ、本当に。なんとも神聖なものを見ている気すらした。女性が化粧を落とす瞬間など、見た事ないからな」
(そういうものかしら…?)
「ほら、できたぞ。薬、塗って良いのか?」
こくり、と頷く。
「本当に戻すのか?俺はこのままの君だって…」
「私が嫌なのです、貴方の隣を歩く時誇らしい自分でありたいから」
「…婚約の承諾と受け取るぞ」
「そのつもりです」
「ティファニー、戻る前に…出会った頃の君に最後の口付けをしても良いかな」
肯定の意味で目を瞑ると、私まで切なさが伝わってくるようなくちづけをされた。
それから、薬を手に取っては、ゆっくりゆっくり爛れた部分に塗っていく。
「元の、美しいティファニーに戻って」
ウィルデルト様の言葉に反応して、顔からしゅわしゅわと蒸気が上がった。
特に違和感は感じないし、痛みもない。
すっかり蒸気が上がり切った時、手鏡をぽんと渡された。
恐る恐る、手鏡を自分に向けて、そっと目を開ける。
「ああ!!」
(元に戻っている!!)
「ありがとうございます!ウィルデルトさ……」
ぎゅう、ときつくきつく抱きしめられた。
「…どこにも、行かないでくれ。ここにいてくれ、俺のそばで笑っていて」
ぽんぽんと頭を撫でた。
「でも、帰らなければ、貴方とて責を問われますわ」
「それでも良い」
「ならウィルデルト様、私に協力してくださいませんか」