もやもやする気持ち(ウィルデルト視点)
暫く職務に専念した。
捗るはずもないけれど。
ティファニー、君を思って毎日抱き枕を抱きしめて眠る日はまだ良い方。
苦しくて眠れない日もある。
この胸の疼きはなんだ。
机の上を腕で払う。
ざらざらざら、
ペンや書類や色んなものが部屋に散乱した。
机に突っ伏す。
ごつ、
磨かれた机に映る自分は、見たこともないほど情けない顔をしている。
ごつ、
「はあ」
目を閉じると、あの日君を抱き寄せた時の感覚が戻ってくる。
けれど、抱き寄せた腕は空をかくだけ。
ゴン!
打ちつけたおでこが熱い。
「弛んでいるな…」
✳︎ ✳︎ ✳︎
練習用の木刀は、切先側に重心があり、それだけ振り回すと重たい。
三百ほど振ったところで、ケミリオが背後に控えた気配がする。
「…ご報告を。先ほどティファニー様よりお茶に招かれまして、世間話をしてきました」
「何か聞かれたか?」
木刀を大きく振って雑念を捨てる。
「クラウディア家では何か変わった様子があるか、と。特に表立った噂は聞かないと答えました」
「それから?」
「ウィルデルト様が俺を遣わしたということはバレていました」
「そうか」
木刀の重さだけに集中して、この心の怠さは、この木刀のせいだと、そう言い聞かせる。
「…それから、ウィルデルト様は、どうしている、と」
ぶわっと心臓が浮いた感覚がする。
がらん、
重たい音を立てて木刀が地に落ちた。
「ご自分で答えられたらどうですか?」
「ティファニー…」
がしがし歩く。
君を閉じ込めたあの部屋に。
(ティファニー)
ノックをする手すら震える。
開けた扉の先には、窓辺に静かに座る君。
僕に気がついた、薄い色素の瞳には何の感情も宿っていない。
「ティファニー…」
駆け寄り抱きしめる。
化粧をした君はこの世の物とは思えない程の美しさだ。
「ウィルデルト様、いつまでこんなことを続けるのでしょうか。私の顔面を治せば帰していただけるのでしょうか、私はここで一生を終えるのですか?答えてください」
「さぞ…僕の事が許せないんだろうな」
「いいえ」
「嘘だ。ここから出たいから、そう言っているだけ。本当は僕の事が嫌いで憎くて堪らないんだろう?」
「…私は貴方を愛するのが怖かっただけ。人を愛する勇気がなかっただけです」
「どうして…!」
僕の頬を包んで、しっかり見つめ返してくる。
「私の顔を戻すつもりなど、ないのでしょう?」
「っ!!!」
「ウィルデルト様には分からないのでしょうね。醜く爛れた顔で貴方の隣を歩く私の気持ち。周りからは醜聞ばかりが聞こえてくる。私は心まで醜くなって、貴方は私を捨てるのです。愛した人に捨てられるくらいなら、初めから愛さない方がましというものです。だから、私は誰も愛したくない。……一時の夢をありがとうございました。どうか、私のことは諦めてください」
「…随分と、みくびられたものだな」
「え」
目を合わせたままくちづけした。
「っ…うっ……っぅ!!」
「煽っているのかい?」
ぽろぽろ大粒の涙が筋となって、化粧を落としていく。
右半分の顔が崩れていく。
要は視覚的に塞いでしまえば、元の顔に戻るのなら、それはやはり火傷の痕などではないのだ。
可哀想に、ティファニー。
「僕は、君に戻って欲しいと思わない」
「諦めた女にかけられた呪術を解くほどお人好しになってはなりませんわ」
「違う!本当に、僕は…っ!だって、出会った時の君は今の君だから…」
「それは…庇護欲ですか」
「…なんとでも。醜いのは、僕の方さ。それでも君を好きになった。今の君を、好きになったんだ」
「では、戻った時は嫌いになるのですか。なんと都合の良い」
「僕は絶対に君のことを嫌いになどならないし、君を諦めるつもりはない」
「人の心に絶対などありませんよ」
「…そうか、分かった。そこまで言うなら」
「何を…」
「ここに、君の顔を崩した薬がある。これはかける言葉によって、塗布部分に変化を齎すもの。なら、君の顔は同じ要領で戻るはず」
小瓶の蓋を開けて、僕は自分の顔に薬をかけた。
「僕の顔を醜く崩せ」