ケミリオという名の人
コンコンコン
まただ。
今日で一週間、続けて来ている。
灰色の髪に褐色の肌の男、きっと只者では無いのだろう。
窓の向こうから、俯いたその人が見える。
「今日で最後にします。だから、俺の話を聞いてくれませんか?」
「窓越しでなら…」
「ありがとうございます。……俺、孤児で。このナリです、多分両親は異邦人なんだろうと思っていました」
✳︎ ✳︎ ✳︎
彼の名はケミリオというのだそうだ。
物心ついた時には、見せ物小屋の下働きとして働いていたという。
そこには、伝説の中でしか語られない麒麟や彪などがいて、一番の目玉は人魚だったという。
ケミリオは、いつもこの人魚に慰められていた。 と、いっても人魚は言葉を話せないので、ケミリオが一方的に泣きながら話すだけ。水槽の中から、そっと水掻きがついた手を伸ばして撫でるような仕草をされた。
ケミリオが六歳になった頃、見せ物小屋のオーナーが、ある貴族の家にケミリオを大金で売ろうとした。
どこへ行っても待遇は変わらないだろう。それどころか、貴族の家で慰みものにされるかもしれない。だったら、人魚のそばを離れたく無い。
ケミリオは泣きながら水槽を叩いて人魚に離れたく無いと訴えた。
すると
人魚は水槽から身を乗り出して、水掻きの手でケミリオを抱いた。
そのまま、ずるずるとケミリオは水槽に引き摺り込まれて溺れた。
人魚はケミリオをしっかり抱いて離そうとしない。
この鬼気迫るものはなんだ。
死にたくない
気がついたら、ケミリオはベッドに寝かされていた。
慌てて水槽に向かうと、下働きの男たちが数人、頭陀袋を運び出していた。
水槽は空だ。
頭陀袋から、鱗の腕と、尻尾が見えた。
後をつけて、その中の一人をとっちめた。
「あの人魚はお前の母親だ。父親はどっかの国の王族だと聞いたが良くは知らん。人との交わりで人魚は言葉を忘れるんだと。だから、俺が知ってるのもそこまでだ。おい、俺から聞いたってオーナーに言うなよ、これもんだ」
煙草を吸いながら、下働きの男は首を刎ねる仕草をした。
人間離れした身体能力も、自分にだけ心を許す人魚も、なぜ自分がここで暮らしているのかも、自分は大金で売れる価値があるというのも全て合点がいった。
(ならなんで殺そうとしたんだろう)
それで、見せ物小屋を抜け出し、盗賊の真似事をして、暫くは生きられた。
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「今の主人に拾われてから、自分の生きる意味を見つけたんです」
「貴方、雇われているの?誰に?」
ケミリオは人差し指を口元に突き立てた。
「…なんだか、思い出すんですよね。貴方を見ていると、人魚の…母親だと言う人魚のことを」
「私は…そんな大層なものじゃないわ」
「お願いがあります。どうか、その玻璃に手を伸べてくれませんか」
私は陽の光が温めた玻璃をそっと触れる。
ケミリオは目を細めて、私が触れた部分を反対側から触れた。
「…懐かしい」
すぐに手は離され、背中を向けて立ち去ろうとする彼に、なんだか切なさを覚えて窓を開けた。
「お、お茶を!」
この人は、サファイアの様な深い緑の瞳をしている。ケミリオが振り向いた時、初めてそれを知った。
「お茶を飲んで行きませんか?」
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