求婚をお断りします。
「求婚の件ですが、お断りさせて頂きたいのです」
紅茶をおかわりする頃、やっと本題を切り出すことができた。
「…どうしてだい?ご両親が反対されたのかな?」
「いいえ!両親には求婚されたこと自体話していませんから…私の、独断です」
「ふぅん。なら僕は、ぬか喜びさせられた訳か」
寂しげに落とされた微笑、私を見る目線、ゆらっと手を上げる動き、侍女が持って来た紅茶は下げられ部屋は閉じられた。
ゾッ
呼吸が浅くなる。
「ウィルデルト様…?」
「大方、僕が前王妃を殺したなどと吹き込まれたのだろう?」
「いいえ。初めて聞きました」
冷静に対処しなければと思うほど、心が落ち着かなくなる。
「そうかな?だったらなぜ断るんだい?」
「私は…」
「顔に火傷があるから、とは言わさない」
グイッと腕を引っ張られて、鏡の前に連れ出された。
「いっ…!!」
「見てご覧」
耳元で詠唱した呪文に、鏡が波打った。
「目を逸らすな。見るんだ」
私の顔の火傷の痕。
その部分がどろどろに溶け出した。
「ひっ!!あっ!!!」
マグマが溶け出すようにだらだらと、顔面を崩していく。
「…驚くと言うことは、初めて見るんだろう?これが、君以外が見えている君だよ、ティファニー」
「どういうことですか!」
「熱湯を被ったと言っていたね?これは熱湯なんかじゃない。魔力を込めて作られた、薬だろう」
「これが…これが、私…」
なんと醜く、恐ろしいのか。
疑問に思ってはいた、火傷の痕が顔に残っているとはいえ、ワインをかけられる程に嫌悪される理由があるのだろうか、と。
がくり、と力なく鏡の前に崩れ落ちた。
「なぜ、なぜこんな私に求婚を?」
「これを取り去れば良いだけじゃないか。半分残った美しい顔を見れば元々美しかったことくらい分かる。まあ、求婚した理由はそれだけじゃないけれど」
蹲る私に覆い被さる。
「退いてください」
「逃がさない」
「帰ります」
「愚かな。君がその火傷を負った原因を考えたら良い」
原因。
妹がポットを持とうとして、それがひっくり返って、火傷を……。
義母が、義母が手当してくれた。
あれは、軟膏?
「例え我が家の誰かが悪意を持ってこの顔にしたとして、なんのメリットがあると言うのですか!?」
「さあ?僕には分かりかねるけど。でも、そんな家に大事な君を帰す訳にはいかないなあ」
「閉じ込めて、どうすると言うのですか!?そんなことをしたら、ウィルデルト様とてただでは許されませんわ!その御身に関わるのですよ!?」
「そんなの大したことじゃないさ。ちょうど良い機会だと思うけどね、君の家の出方を見ようじゃないか」
「正気ですか!?」
「僕は正気だよ、いつだってね」
私の醜く崩れている半面にくちづけした。
それで、もう、抵抗する気力がなくなってしまった。
「…父に、仮面をつけるよう言われたことがあります。その時はなぜそこまでと思って…でも、それはこんなにも醜かったから、だったのですね」
「…君は綺麗だ」
「嘘ばっかり」
「治せばいい。魔法なら解除すれば良いのだから」
でもそれは、その相手に魔法が返るということ。 母の顔が、崩れ落ちるということになる。
「…火傷の薬だと、そう言って塗っていたあれは、薬などではなかったのですね」
「かわいそうに、ティファニー。それでも家に帰りたいか?」
「もう、よく分かりません。ただ、妹には会いたいのです」
「…なら、顔が戻ったら会えば良いだろう?」
「戻りますでしょうか…?」
「戻る。解除すればね」
ウィルデルト様は覆い被さったまま、私にくちづけした。