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曰く、やめた方が良い

 願いとは裏腹に、私たちを乗せた馬車は呆気なくクラウディア邸に着いてしまった。


(もう少しだけ、こうしていたい。…なんて…)


 ウィルデルト様は私の顔を繁々見ると信じられないことを言った。


「すまないが、化粧はここで落として行った方が良いだろう」


 言外にどんな意味を孕んでいるにせよ、それは好意的な意味ではないんだろうなと勘繰る。


 ズキン


 熱い熱湯の記憶が蘇って、火傷の痕が疼いた。


「失礼します」と言って、先ほど化粧を施してくれた侍女が、今度は化粧を落とす。

 ここまでしなければ、私は人前に出られず帰宅もできない存在である。


 すっかり元通りの醜い顔に戻った私を、玻璃の窓に映った私が見つめている。

 玻璃に映った私は、酷いものを見ているかの様な眼差しを向けている。


なのに

「クラウディア伯爵令嬢」


 ウィルデルト様だけは、どうして切ない眼差しをくれるのだろう。


「あっ…」


 私はその眼差しに耐えられず顔を背けた。


「君は美しい。それだけは伝えたくて」

「あんまり揶揄わないでください」

「僕が言っていることが信じられない気持ちはわかる。さっきの野次は酷いものだった。君はそんな中生き抜いて来たんだな」

「そんな、強いものじゃあ、ありません」

「跳ね除ける強さも大切だけれど、自分を守る術も身につけなければ。僕が抑止力になれたらと思うんだ。これからも君の隣にいても迷惑じゃないかい?」

「迷惑だなんて、そんな…。それこそウィルデルト様のご迷惑になってしまいます」


 ごつごつした両手が私の右手を包んだ。


「…ちゃんと聞いて欲しい。僕は君を世界で一番美しいと思うんだ」

「それが嘘だということくらい、私にだって分かります」

「……った…」

「え…っ?」

「僕は怒った。僕の気持ちは僕にしかわからないだろうけれど、そんなに信じてもらえないかな」


 重なった手が、小刻みに震えて目が真っ赤になっている。


「あっ…も、申し訳ありません!どうかお怒りを鎮めて頂けませんでしょうか」

「…ティファニーと…。ティファニーと呼ぶ許可が欲しい。そうしたら許す」


 ずるい。

 こうまで言われて断れる訳がないじゃないか。


「…どうぞ、お好きに呼んでくださいませ」


 途端に顔が明るくなって、鼻歌を歌っている。

 この人のことが本気でわからない。


「そうだ、これを」


 差し出されたのはイエローダイヤのネックレスだった。


「これは?」

「君にもらって欲しくて」

「そんな、結局ドレスは頂いてしまいましたのに、ネックレスまで頂けません!」

「さっきのドレスは、僕が住む王城で君への非礼があったことを詫びるもの。これは--」


 ウィルデルト様は、有無を言わさず私の髪を分けてネックレスを付けた。

 その手は肩に回って、吐息混じりの声が耳元で囁かれる。


「--求婚を受けてくれた、お礼」


 ぽやん、と体温が一度上がったように目の前がぼやける。

 不思議な熱を残したまま、馬車を降りた。


「おやすみ」


 手の甲に落とされたくちづけがいつまでもくすぐったい。



 暫くそうして去って行く馬車をいつまでも見つめていた。


「って…求婚をお受けしたことに…なっているわ」


(どうしましょう…)





✳︎ ✳︎ ✳︎





 眠れない。

 ごろごろとベッドを転がっていると控えめなノックと共に、夜着姿のマリアンヌがひょこっと顔を出した。


「…お姉様?寝てしまったかしら?」

「ううん。眠れなくて」

「ふふ、良かった。これ、くすねて来たの。一緒にどう?」


 シャンパンとチーズのクッキーがテーブルに並んだ。

 妹はぐいっとシャンパンを飲み干すと


「アイゼン様ったら酷いのよ、ダンスを踊ったきり、上の空で」

「あら、どうして?なんで?」

「どうしてって、突然美しいご令嬢が出て来たんだもの」

「…ん?」

「やだ!お姉様よ!全く、何がどうなっちゃったの?私もうビックリして!先に帰っちゃうし…」

「ご、ごめんなさいね。ウィルデルト様に送ると言われた手前断る訳にもいかなくて…。マリアンヌはアイゼン様とまだひと時を過ごしたいだろうと思って」


 妹は、「ふうん」と言うと、シャンパンを再び煽った。

「お姉様、気をつけた方が良いわ。ウィルデルト様って良い噂聞かないもの」

「王室の秘宝と言われたお方でしょう?噂って…今まで表舞台に殆ど出てこなかったじゃない」

「お姉様は色んな人とお話をしないから知らないのよ。前王妃殿下…つまりアイゼン様のお母様を殺したのはウィルデルト様だと専らの噂なのよ」

「まさか!」


 アイゼン様は正室の、ウィルデルト様は側室の子である。

 前王妃殿下が亡くなったのは、もう五年も前だったと思う。

 確か、葬儀で一度だけウィルデルト様をお見かけした気がする。俯いて、悲壮な顔をしていた。

 死因は明らかにされなかったが、まさか殺されていただなんて。それは本当なのだろうか。


「とにかく、あの方はやめた方が良いわ。いずれ国王になる権利を主張する。そうなれば、アイゼン様派とウィルデルト様派に分かれるでしょう」

「アイゼン様が王太子なのだし、すんなり国王になると思っていたけれど……。なるほど、ウィルデルト様のお母様、現王妃殿下はラナンの出身だわ」


 正直、王国とラナンの関係は芳しくない。ウィルデルト様が国王となれば関係改善に努められると見る国際推進派が多く賛同するかもしれない。

 対して、王国出身の前王妃殿下を母に持つアイゼン様は保守派が支持するだろう。


「でも待って、ウィルデルト様はそもそも国王に名乗り出るおつもりなのかしら…?」

「今まで頑なに表に出てこなかったのが、急に出てくるなんて何か匂うのよ。前王妃殿下殺害の噂が真実味を帯びてくる気がして…。そう思っていたら、お姉様に求婚した。これは確定だわ」

「クラウディア家が保守派だから?でも、保守派の貴族なんてたくさんいるでしょう?」

「もちろんそれだけじゃないわよ。私、この前アイゼン様に求婚されたの」

「え!知らなかった…おめでとう!」

「まだお返事を出していないんだけれどね。でも、これで確定したわ。だってわざわざお姉様に求婚するなんて…あっ…ごめんなさい」

「いいのよ、事実だもの」


 大きな発言権を持つクラウディア家を、ぎりぎりまでどっち付かずにしておく事が目的なのかもしれない。

 そうすることで得られるメリット、まさか…

「国王陛下も近いうちに崩御するかもしれない」

「滅多なことを言うものじゃないわ、マリアンヌ」

「けれど、そうなったらこの家は巻き込まれるわ…。私、やっぱりアイゼン様からの求婚はお断りして…」

「ううん。マリアンヌが断ることないじゃないの。私は元よりウィルデルト様からの求婚を受けるつもりなどないのだから」

「お姉様…。私、お姉様が心配で」

「大丈夫よ、私誰とも添い遂げるつもり、ないもの。ウィルデルト様からの求婚だって、私を本当に愛してのことじゃないことくらい、分かっていたから」


 そうよ、私を心から愛してくれる人などいるはずないのだから。

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