さようなら(後半、マリアンヌ視点)
「自分軸…」
ウィルデルト様はぽりぽりと頬をかいた。
「何を仰っているのか分かりかねます。私はいつだって自分の意思で醜い顔を晒して、自分の意思で社交界に参加して、自分の意思で妹とお揃いの…リーベン・シャルルを…」
「それは本当に君の意思と言えるか?」
「っ…。ね、ねえ、そうよねマリアンヌ。早く目を覚ましてちょうだい。あなた、お母様に見捨てられたわ。私と同じ。だから…」
何度もマリアンヌの肩を揺さぶった。
「姉妹寄り添って生きていきましょう…」
「もうやめろ、ティファニー」
「貴方のことをよく理解しているのは私だもの、私のことを理解しているのもまた貴方だわ」
ウィルデルト様の視線が背中に刺さる。
「ウィルデルト様…きっと、軽蔑されたでしょうね。こんな女だとは思わなかったでしょう?子どもじゃあるまいし、いつまでも姉妹で仲良しごっこを続けているのが、ものすごく滑稽でしょうね。でも、ウィルデルト様たちだって同じだわ。いつまでも兄弟でいがみ合って」
「良い加減、目を覚ましたほうがいい」
「…どうやらウィルデルト様は誤解されています」
「ッ…!」
「私は、依存していようがこのままで良いと思っています。ウィルデルト様は…っっ…あ、ありのままの私を愛してくださると…っっ」
「ティファ、ニー…違う、急に…どうした。そう言う話じゃないだろう?」
「いいえ、私が傲慢でした。私の醜さは、私自身の心にあるのでしょう…元の醜い顔のまま、誰とも添い遂げず…静かに暮らしていれば、こんな…みんなを巻き込む様なことは…っっ…な、なかったでしょう?うううっ…ごめんなさい、マリアンヌ…私のせいで…」
「き、君、まさか…」
「私はマリアンヌを差し置いて自分だけが幸せになることなど、できません」
ウィルデルト様は俯いて、その表情は伺えなかった。
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(ああ、可笑しい)
口の中を噛んで、必死に笑いを堪える。
それでこそ私のお姉様だわ。
私が美しく咲く花ならば、お姉様は地中深く土を耕すミミズでなければいけないのよ。
もしも私がミミズに身を落としたのなら、お姉様は害虫にならなければ。
引き摺り落としてあげる。どこまでも。
今や囚人となった私よりも酷い姉がいる、それだけでこんなにも安心できる。それは幼い頃から無意識に学習してしまった。私は姉をそんな風にしか慕うことができない。
(そう、いつまでもお姉様を慕っているわ。私の下支え、心の安寧)
お姉様よりマシ、それがお姉様に捧げる私の愛情だわ。
(…それにしても、痛み止めが欲しいわね)
いつ目を覚ます演出をしようか思案する。暫く様子を伺いたいけれど、喉も乾いたし、薬も欲しい。
あまり時間は置けないだろう。
(取り敢えず、お姉様たちがいなったら水を……)
「マリアンヌ、なにを笑っているの?」
「えっ?」
「それが…あなたの本性なのね」
「あっ…っっっ…だ、騙したのね…?」
「…可哀想なマリアンヌ。そんな風にしか思えないのね」
「このッッッ!!!」
思い切り起き上がって掴み掛かろうとしたが、腹の傷が開いたのか、激痛が走る。ウィルデルト様が、ベッドから落ちそうになる私を支えた。
「無理はしない方がいいだろう」
「アイゼン…王太子殿下のことは心から嫌悪するけれど、ウィルデルト様の非人間性には同意するわ…こんな小賢しい真似を二人して!!!」
「…あのな、もし君が真に目を覚さないか、目を覚ましていたとしても、ティファニーへの愛情が消えていなければ許すつもりだった。けれど、違ったのだな。もう、救いようがないと理解できただろう?ティファニー」
美しい顔をした姉は、初めて見る表情で言った。
「ええ、良く理解できました。幼い頃から私の心を生かさず殺さず…本当に、尊敬すらするわ。でも、お陰で心置きなく貴方と縁を切ることができそう。さようなら、マリアンヌ」
「ま、待って…私を…置いていかないで…一緒にここにいて!あああ!!ねえ!!!」
がしゃん、と重たい音がした。
私はこれから、自分の現実に向き合っていかなければならないの?そんなもの…
地獄だわ。