もう一度完璧な娘を産んだら良い(前半、デビアント視点)
マリアンヌは完璧な美しさを持った娘だ。
美しさとはすなわち、この世の理、摂理である。
ならば、この世界を構成しうる1ピースを産んだ私は神といえるかもしれない。
(ああ、ウィルデルト様に圧倒されずそう答えれば良かった)
マリアンヌが自害を謀ったですって?
それで良い。私には理解できる。だって、アイゼン王太子殿下の子を身籠るなんて間違っているもの。
貴方の隣はウィルデルト様でなければ可笑しいのだから。
別にアイゼン王太子殿下が醜いわけではないけれど、マリアンヌとアイゼン王太子殿下とでは、まるでチェンバロの調律がズレたまま演奏を続けるみたいで気持ちが悪い。
ウィルデルト様とティファニーに至っては、尚更おかしな組み合わせだ。庭師の作業服に、ダイヤをあしらった純金の釦をわざわざ縫い付ける様な違和感がある。
ティファニーとウィルデルト様が退出した法廷で、元夫が私に聞き取りにくい声で問うた。
「デビアント、まさかとは思うが、お前自身がウィルデルト様に仮想しているんじゃないのか?」
阿呆らしくて笑えてしまう。なんと短略的なのだろう。なぜそんな考えに至るのか、殿方というのはすぐそうやって一つの物事ともう一つ物事を直線で結びたがる。
「貴方って本当に深い洞察ができないのね。笑っちゃうわ。なぜ私がウィルデルト様に?」
「ならなぜそう拘る!」
「…愛でたいのよ。この世界を完璧なもので埋め尽くして、それをずっと愛でていたいの。当たり前の欲求だわ」
「私には理解できん…」
「あれは…マリアンヌはもうダメだわ。ねえ、あなた。もう一度美しい娘を作りましょう?」
「お前は…異常だ…」
「次はもう二センチ身長が高いと良いわね。最近、平均から少しだけ高い令嬢にときめきを覚えたの」
「デビアント!!私たちは離縁したんだ!!!」
「…ああ、そうだったわね。なら、なんとか作る方法を考えないといけないわ」
「っ…!!!!!」
元夫は蹌踉めき、床に手をついて何度もえずいた。
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「マリアンヌ様の一命は取り留めました。けれど、子どもの方は…」
医師は首を横に振った。
「妹は…いつ目覚めるでしょうか?」
桜色の唇は僅かに開いて、長いまつ毛の瞼は重く閉ざされたままピクリともしない。
「こればかりは、どうも断言できません」
「そう、ですか」
目が覚めた時、牢獄の中ではあまりに可哀想で連れ帰ることはできないかと抗議したが、それは許されないと言われた。
(当たり前だ、分かっている)
ウィルデルト様は「君の思う通りにしてあげたいけれど」と前置きしてから手厳しい言葉を口にした。
「君を処刑しようとした妹を、なぜそこまで庇うんだ」
「…私の世界でマリアンヌは光だったからです。妹だけが私の心に寄り添い、何度も救ってくれた」
「今は父君も君を味方してくれているし、僕だって…」
「支えてくれる人が増えたからって簡単に切り捨てたりできるでしょうか」
「…残酷なことを言う様だけれど、妹君は君が醜かったことでその存在価値を見出したんだぞ」
「分かっています」
「なら!」
「それでも…それでも私は妹を大切に思うのです。一時の燃え上がった愛で、私を手にかけようとしたとしても…。愚かな…姉妹です」
ウィルデルト様は盛大にため息をつく。
「僕たち兄弟はあまり仲が良くないのでね。もし君たちの立場だったら即刻見限るのだろうな。あっさりしたものさ」
「そういうご兄弟もいるでしょう…」
「…君たちのそれは、依存だよ」
「依存……」
「妹君のことではなく、これからの人生を自分軸で生きられるのか少し考えてみたら良い」