かつて愛し合った二人
翌朝早くに、侍女が自供したと報された。
マリアンヌの指示で菓子を作った、とそう言ったらしい。
いよいよ裁判の日、貴族派と王室派がそれぞれ意見を述べる中、アイゼン王太子とマリアンヌは淡々とそれを聞いていた。
私に毒を盛ったという侍女は、まだまだ成人前の少女だった。
そばかすのある顔は、確かに見覚えがある。
(新入りとは聞いていたけれど、あんな少女を脅すなんて)
少女は顔を青くしながらも、供述前の宣言をした。
「クラウディア家の侍女、フランソワと申します。嘘偽りなく証言することを誓います…」
「フランソワよ、マリアンヌの指示でチョコレートフィナンシェを作ったことに相違ないか」
「はい。マリアンヌ様にお給料を弾んであげるから、いつもよりかなり味の強いフィナンシェを作ってほしいと言われました」
「ほう?毒を入れろという命令ではないのか?」
「じ、実は…生地が入ったボウルに、その、マリアンヌ様が何やら液体を入れるのが見えました。私は「ああ、だから味を強くしろ言ったんだな」と思いましたが、マリアンヌ様の様子が普通ではなく、怖くて何も言えずに、そのままお出ししました…」
「ならば、毒を入れたのは…」
「マリアンヌ様だと思います…あ、あの、うち弟が病気なんです!だから、その、お金がどうしても必要で…」
(毒を入れたのはマリアンヌということ!?なら、この子は無実じゃない!)
私はぎゅっと手を握った。
裁判官も思わずため息をつく。
静かに聞いていたマリアンヌが突然喚いた
「私は毒なんか入れてないわ!!その女が戯言を言っているのよ!!証拠は!?証拠はあるの!?ないでしょう!」
「静粛に!…フランソワよ、マリアンヌが何を入れたのか分かるか?」
これには、ふるふると頭を振って「分かりません」と言った。
「証拠がないのでは…」と、裁判官がため息をついた時だった。
フランソワは、意を決したように言った。
「実は、その時のフィナンシェ、一つだけ取っておいてあります。何かある気がして…。きっと、それを調べたら何か出てくるかもしれません!」
マリアンヌが身を乗り出して叫んだ。
「何ですって!?残ったものは全て焼却しなさいと…」
全員の視線がマリアンヌに注がれる。
「発言を許す、マリアンヌよ。なぜ焼却せよと命令したのだ?」
「あっ………」
「発言を許す!!マリアンヌよ!なぜそんな命令をしたのか答えなさい」
マリアンヌは顔を青くさせるばかりだ。
やがて、しん、と静まり返った場内に、くつくつとくぐもった笑い声が聞こえ始める。
マリアンヌは肩を振るわせて、
嗤っていた。
カンカンと木槌の音が響く。
「マリアンヌ、やめなさい!裁判中です!」
窘められて、急に真顔に戻った。その姿にゾッとする。
衛兵を振り解いて、アイゼン王太子の前に躍り出て叫んだ。
「アイゼン様のために…!!一緒に幸せになろうと、そう仰ったから…」
「あれは君が勝手にやったことだ」
アイゼン王太子は顔を背けた。
その姿を見て、絶望したマリアンヌは力なく衛兵に脇を抱えられた。
「そう。…なら私は夢を見たのですね。夢から覚めた現実は、何と酷いものだわ。ああ、馬鹿みたい!恋に浮かされる女を手駒にするのはさぞや簡単だったでしょう!!内心どんなに可笑しかったでしょうね!?ふふふ、あははははは!!!!」
何度も木槌を叩く音がする。
「静粛に!静粛に!!」
けれど、場内のざわめきは収まらない。
挙手をしたウィルデルト様の発言が許された。
「兄上は…生涯を誓った女性にさえ誠実ではないのですね」
「なんだと…!?」
「どのみち兄上は王太子ではいられない。ならばマリアンヌ嬢に対してこそ誠実であるべきでは」
「黙れ!ウィルデルト!お前に何がわかる!!」
再三に渡る裁判官の注意に、収まらない怒声は、これ以上審理不可と見なされ、一時閉廷となった。