表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/27

ウィルデルト・スカイシルヴァという人

「相変わらず酷い顔」「リーベン・シャルルのドレスが泣くわ…」「いくら姉とはいえ、マリアンヌ様の隣に立ってお揃いのドレスなんて笑ってしまうわね」


 ヒソヒソ話が聞こえてきたので、つい振り返ると

「睨んだわ!」「ねえ、目があったわ!不吉よ!」

 心無い言葉が返って来た。


 マリアンヌが私の袖を掴む。


「お姉様、気にされないで。私は誰よりもお姉様の美しさを知っているのですから」

「ありがとう、マリアンヌ」


 久しぶりの王城では、主催のアイゼン王太子が階段の上から本日のパーティにあたって簡単な言葉を述べた。


「本日は集まって頂き感謝する。どうか楽しいひと時を過ごしてほしい」


 やがて弦楽器の心地よい音楽が流れてくる。

 さっそくマリアンヌには男性陣からダンスのお誘いが殺到した。

 私を押し除けてわらわらと群がるので、よろけて転んでしまった。


「チッ。穢らわしい」


 どこからかそんな声が落ちて来た。

 見渡したけれど、どこの誰からかなのかさっぱり分からない。


 パーティなんて本音を言えば積極的に参加したいわけじゃない。

 でも、マリアンヌが喜ぶから。

 私に明るい笑顔をくれるのはマリアンヌしかいないから。


 妹は私の転倒に気が付かない様子で、王太子殿下からのお誘いに照れながら頷いている。

 マリアンヌはアイゼン王太子に心を寄せているのだ。


 ぎゅっと拳を握りしめて、立ちあがろうとした、その時

「どうされました?レディ」

私へと伸ばされた手。

 拒むなど、自惚れるなと自分が許せなくなりそうで、その手に甘えた。


 びしゃびしゃびしゃ


「誰がその穢らわしい手を取るって言うんだ?」「あははははは」


 どっと笑いが起こった。


(ワインだ)


 ドレスを染み抜きしなければ。

 せっかく買った、お揃いのリーベン・シャルルが…

 今、私はどんなに惨めなのだろう。


(マリアンヌ…)


 一瞬目が合った妹は、王太子とダンスの最中。それはやはり目を背けた。


(今日はもう、馬車の中にいようかしら)


 ざわり、

 一際大きなどよめきが起こる。

 颯爽とホールを歩く男性が全員の視線を集めている。

 アイゼン王太子もダンスを止めて、その人物と対峙する。

 マリアンヌも驚いてその人を見つめる。ぽわんと頬が赤くなった。


「お久しぶりです、兄上」

「ウィルデルト…ッ!」


 その人はウィルデルトと呼ばれた。

 ならば、第二王子のウィルデルト・スカイシルヴァ様だろうか。

 今まで公の場に出ることが極端に少なかった、王室の隠された秘宝と噂された王子がなぜ今になって。


 私はその場を動けず呆けていると、ウィルデルト王子は真っ直ぐこちらへ歩んで来た。

 私の前で足を止めて跪く。

 まるで自分とは無関係のことの様に眺めていたそれが、突然自分ごととして齎される。


「良かった、今日なら会えるのじゃないかと思って。お名前を聞きそびれてしまったから」

「えっ…あ、あの時の…!」

「それにしても酷い」


 その言葉にサッと顔が青くなって俯いた。

 しん、と静まり返った会場にくすくすと笑い声が起こる。


「失礼」と言って、私の肩を抱くと、立ち上がらせて、それからワインまみれの髪や服をハンカチで拭き始めた。

 相手は醜い私だ、当然ご令嬢を中心にどよめきが起こる。


「あ、殿下の御手が汚れてしまいます」

「僕の手が汚れるって?大袈裟だ」

「いえ、あの、殿下の手を煩わせるわけには…」

「なら、名前を聞かせてくれないか。聞かせてくれたら、止める」


(どきどきするなんて、私なんかが烏滸がましい)


「知らなかったとは言え、名乗らずに大変その、し、失礼しました。ティファニー・クラウディアと申します」


 ワインで濡れたドレスの裾を摘んでお辞儀した。


「クラウディア…伯爵か」

「左様でございます」

「ふうん」


 ウィルデルト王子は再び跪くと、私の手を取った。

 まだざわめきの余韻が消えないホールで、よく通るその声は、一切の迷いなく私に向けてこう言った。


「僕は君を見染めた。ティファニー・クラウディア伯爵令嬢、君に求婚したい」


 人というのは、本当に驚くと声が出なくなるものだ。

 誰もがその場から動けず、声を発することもできなくなっている。

 けれど私は、

(きっと揶揄われているんだ)

としか思わなかったので

「ご冗談を」

と顔を背けた。


「一人の男が冗談で求婚したりするものか。僕は、あの日君に恋に落ちた。自らの危険も顧みず、子どもを助けた君に。その美しい姿からは想像もできない勇ましさに」


 うつくしい…?誰が?何が?


「そ、それは…お受けするわけには…」

「それはなぜかな?僕に魅力が足りない?」


 ここまでくると、全員がぽかんとして行く末を見守っている。


「世の中には、つ、釣り合いというものがありましょう!?」

「ああ、やっぱり僕が至らないんだね…どうすれば良い!?僕のどこをどう直せば君に気に入って貰えるかな」

「いえ!殿下はもう、ありのままで!」

というと、なぜかパァッと顔が明るくなって、ワインまみれの私に抱きついた。

 あまりのことに驚いて、「ぴっ!!」と謎の声が喉から出た。


「良かった!!求婚を受けてくれるんだね!?」

「えっ!?ええ!!???」


(なぜそうなるの!?)


「君をティファニーと呼んでも良いかな…」


 眩しい笑顔を直視できない。


「こ、困ります…!」

「すまない、クラウディア伯爵令嬢。ことを急ぎすぎた様だ。取り敢えずドレスが汚れているから着替えを用意させよう、こちらへ」


 訳がわからず、誘われるまま、カチコチの身体をなんとか動かした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ