断頭台で
体中が痛い。
牢の中に戻された後、眠れない夜を過ごし、望まない日の出を迎えた。
「ティファニー・クラウディア伯爵令嬢、お時間です」
裸足で歩く石畳。
すでに足から血が滲んでいる。
こつ、と石礫が投げられた。
「毒婦め!!」「早く殺してしまえ!」
わあわあと声が響く中、私は毅然と断頭台に立った。
その姿を見て、投石を止め、しんと静まり返る民衆達は、ただ息を飲むばかりだった。
マリアンヌの声が反響する。
「ウィルデルト様と結託してアイゼン王太子殿下を陥れようとするなんて…お姉様は何という事を…!」
喋ることが叶わない私は、妹の迫真の演技に拍手を送りたいが、手の鎖がそれを許さない。
代わりに思い切り淑女の笑みを返した。
マリアンヌはそんな私を見て、隣に座るアイゼン王太子殿下に縋りついた。
アイゼン王太子殿下は立ち上がり、大きな声を張る。
「義母に罪を着せ、マリアンヌと私の婚約を破談にせんと目論み、第二王子であるウィルデルトを王位に押し上げ、自分が国母に治るつもりだったのだろう!しかし、どうやら爪が甘かったな。貴様の過ちは、それだけでは飽き足らず、この私に毒入りの菓子を食わせようとしたことだ!マリアンヌの機転で、他ならぬ貴様が食しその有様。言い訳のしようもないだろう。偽証罪、王族への殺人未遂が妥当だ!!」
私は表情を変えないまま、断頭台に首を預けた。
その時だった。
「その処刑、待たれよ!!」
(ああ、ちゃんと来てくれた)
ウィルデルト様が私の父を連れて玉座の前に立った。
「ウィルデルト!!!貴様…」
「兄上、爪が甘いのは兄上でしょう」
「何だと!?」
軽やかに駆け寄り、私に手を差し出す。
衛兵も全てを了解した上で私から鎖を外した。
「おい!何を勝手に…」
「兄上の息がかかった衛兵達は今頃、牢の中でその処断を待っているところですよ」
さあ、と言って差し出された解毒剤を、私は一気に飲み下した。
喉が仄かな光を発する。
「……っああ、ああ!良かった、話せる…!!ウィルデルト様!!…一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、もし来なかったらどうしようかと思ってしまいました…」
「約束通りちゃんと現れただろう?不安な思いをさせてしまったね」
「でも私、断頭台では笑顔でいられましたわ、褒めて下さいませ」
「ああ、よくやった」
彼は、ぎゅうと私の頭を抱く。
「待て!!何だ、なんなんだ!!!ウィルデルト、刑の執行を妨害する罪は重いぞ!」
「それは、兄上の方では?」
「は?」
「何もかもを、今ここで証明しましょうか、マリアンヌ嬢」
アイゼン王太子殿下の後ろに隠れていたマリアンヌの顔が真っ青になった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
-処刑前日の夜-
「まだまだ時間はある。楽しもうじゃないか」「なあ、お嬢様」「おい、俺が先だぞ!」
(例え明日死ぬ身だろうと、こんな奴らに手籠にされるなんて絶対嫌!!!)
ぎゅっと目を瞑って体を硬くさせた。
けれど、急に静寂が訪れて瞑った目を少しずつ開く。
その場にいた衛兵の全員が私を見つめて目を見開いている。
いや、正確には私の少し上の方を見ていた。
振り返るとそこには
(ウィルデルト様…)
私を繋ぐ鎖を掴んでいた男の肩をポンと叩くと、 その男は慌てて鎖を離した。
「兄上に買収されたのか?うん?ダメじゃないか。僕の婚約者だって言っているだろう?君、ティファニーに触ったな?手を落としてやろうか」
「ひいっ!!!お、お許しください!!ア、アイゼン王太子殿下より命令されてのことで…!!!」
「へえ?兄上も下衆だなあ。だけど、僕は君たちを許すつもりはない。絶対に。こいつらを牢屋にぶち込んでおけ」
後ろから現れた何人もの衛兵達が彼らを連れて行った。
「ウィ……げほげほげほ!!!」
「辛い思いをさせてすまない。助け出すのに思いの外時間を要してね」
すり、と私の頬に触れる手が温かく心地いい。
「ああ、ティファニー…」
ぎゅうと力強く抱きしめられた時、その腕が震えていることに気づいた。
「あ、っげほげほ」
「喋らなくて良い。…すぐに解毒してあげたいのだけれど…」
ウィルデルト様は私から離れると、目を逸らして言った。
「君にはすまないが、僕を信用してそのまま処刑場まで来てくれないだろうか。この通りだ」
申し訳なさそうに頭を下げた。
喋れないので責めることもできない。
とても恐ろしくて、何度も頭を横に振った。
(どうして目を見てくださらないの)
「絶対に助け出す!絶対にだ!兄上とマリアンヌ殿を油断させた上で断罪せねば、また君の命が危なくなるかもしれない。必ず真実を白日の元に晒し、君の潔白を証明しよう」