悪意(前半、マリアンヌ視点)
お姉様ったら、狡いわ。自分だけ幸せになるつもりなのかしら。
『一緒に、幸せになろう、必ず』
あの夜交わした約束のために、お姉様達の幸せを、指を咥えたまま見ているつもりはない。
そうよ、醜いお姉様は醜いままいてくれなければいけないのよ。
それでこそ私のお姉様だと言うのに。
お姉様は一生可哀想なまま、私が憐れみを注ぐだけの存在でなければいけないのだわ。
私は、お姉様が美しかった頃のことなど覚えていないから、今のお姉様は別人。
あれは、私のお姉様なんかじゃない。
国民はみんな知っているでしょう?
ウィルデルト様が正妃様を手にかけたって。言わないだけで、みんながそう思っているはずよ。
なら、何の問題もないはずよね。
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その日は暑いけれどカラッとしていて過ごしやすかった。
けれど、
突然の夕立が生ぬるい風を運んできて、初夏の気配を感じる。
「雨が似合う季節になったわね、マリアンヌ」
庭園でいくつか薔薇を剪定してもらっている最中の雨で、東屋に雨宿りをしていたマリアンヌと私は、折角ならと雨上がりの後もお茶を飲んでゆっくりとした午後を過ごした。
「お姉様、私は思ったのです」
覗き込んだ妹の表情は変わらない。
雲が流れて太陽を一瞬隠した。
「人が憎む相手というのは、いつだって自分にとって一番近しい人間なのですわ。無関係の相手に対して一瞬負の感情を抱くのとは訳が違う。憎しみというのは、心の鎖です」
「マリ、アンヌ?」
くすくすくす、と口元に手を当てて上品に笑っているが、目が笑っていない。
「お姉様ったら、本当に可笑しいわ。どうして私が吹っ切れただなんて思ったのかしら。どうしてアイゼン様を諦めたと思えるのかしら?どうしてお姉様だけが幸せになることを許すと思うのかしら。仲良し姉妹だから?ふふ、ふ…」
ゆるりと指をさしたのは私の紅茶だ。
「例えば美味しそうに飲んでいらっしゃるそのアールグレイ。その手に持っているチョコレートフィナンシェと、どうも味が合わないと思わない?」
「それは…好き好きでしょう?」
「…だから、お人好しだというのよ、お姉様は」
「えっ……あれ…」
あら、どうしたのかしら…?口でも切ったのかしら。
血の味が…
マリアンヌは足を組んで、爽やかな風でその髪を靡かせてなお、暗い笑顔で私を見ている。
「ふ、ふふ、合わないはずよね。毒の味を消すために、かなりの量のチョコや砂糖を入れたのよ、そのフィナンシェ。私なら、毒が入っていなくたって遠慮するわ」
「マリアンヌ……」
今日の貴方は、なんだか変だわ。