月光に照らされて(前半、マリアンヌ視点)
寝付けないけれど、瞼を閉じる夜、コンコンと窓を叩く音がする。
初め、鳥か何かかと思ったけれど、どうやら違うみたいだ。
何度も何度も小さくノックが叩かれた。
カーテンを開けると、そこにはアイゼン王太子殿下がいた。見間違いかと目を擦る。けれど、それはどうやら幻覚ではないらしかった。
私は色んな意味でギョッとする。
なぜこんなところに?どうやって?護衛も付けずに?私に何の用だと?
「開けてくれ」
窓の向こう、玻璃を通して聞こえる、独特の籠った声。
恋焦がれたアイゼン王太子殿下の声だ。
私は堪らなくなって、ふるふると頭を横に振った。
「この窓を開ければ、私は貴方を諦められなくなってしまう」
月光を背にしたアイゼン王太子殿下の切ない表情を見ただけで心が掻き乱されそうだというのに。
「…マリアンヌ、君を片時も忘れない。…君を捨てて王になる私を許せ」
不思議だ。
もう枯れてしまったはずの涙が止めどなく溢れて頬を濡らした。
彼は、窓越しにその涙を拭ってくれるような仕草をした。
なんと優しい手つきなのか。愛しさが募るばかり。
どちらからともなく、玻璃越しのくちづけを交わした。
「もう、帰るよ。このままでは君を奪い去ってしまいそうで自分が怖い」
駄目だ。
分かっていても、止まらなかった。
窓を開けて、腕を伸ばす。ぎゅうと彼を抱きしめた。
それほど月日が経っているわけでもないのに、懐かしく感じるのは何故だろう。
「アイゼン王太子殿下、私を叱ってください」
「ああ。仕方のない人だ。…私もな」
「…屋根なんかに登って、危ないですわよ。猫みたいなことをして。怪我でもしたらどうするおつもりですか、未来の国王陛下が」
「でも君に会えただろう?」
見つめあった瞳に、乱れた髪の私が映っていた。
途端に恥ずかしくなって俯く私の顎が掴まれた。
「玻璃越しなどではなく、唇が欲しい」
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マリアンヌは、あれ依頼部屋に篭りきりで心配になる。
今日も、父と二人で朝食を無言で食べていると、久しぶりに明るい声の妹が食卓に着いたので驚いた。
「お姉様、背中の具合はすっかり良いの?」
「え、ええ。それよりマリアンヌ、心配したのよ」
「ふふ、ごめんなさいね。でももう大丈夫よ」
私は父と顔を見合わせる。
「そうだ、お姉様。ウィルデルト様との婚約はどうなって?」
「ウィルデルト様が東奔西走動いてくれたお陰で、婚約に漕ぎ着けることができそうよ」
「あら、良かったじゃない。これで二人とも幸せになれるわね」
「そうね、本当に」
妹のことを思うと、素直にお礼が出てこない。
けれど、この時私は大きな勘違いをしていた。