捩れ(前半、ウィルデルト視点、後半、アイゼン視点)
兄上と険悪な仲になったのはいつ頃からだろうか。
廊下の向こう側、僕に向かって歩んでくる兄は、真にこの国の栄光を浴びるために生まれてきた。
対して僕はただの第二王子。比べるべくもない。
けれど…
「…今更急に表舞台に現れてきて何のつもりだ?」
「僕はいつも自分の心に従って生きているだけです」
「お前のお陰でこちらはめちゃくちゃだ、ウィルデルト」
「……」
「…ティファニー・クラウディア」
その名にぴくりと反応する。
「狡いじゃないか、お前だけ。…こっちはとんだとばっちりだ。正式な婚約表明をする前だったから良かったものの」
「それは…ですが」
「どういう仕掛けか知らんが、あんなに別嬪だったんだなあ。しかもマリアンヌとは腹違いとなれば…今収監されているマリアンヌの母親とは無関係なんだろう?」
「…何を、仰っているのですか?」
「欲しくなるなあ」
とてもじゃないが耐えられない。兄の胸ぐらを掴んだ。頭が沸騰しそうになる。
「もう、二度とティファニーのことを見ないでくれ。兄上とてただでは済まさない」
「〜〜っ!!!冗談だろ!離せよ!」
腕を振り払われて、乱暴にシャツを直すと、ずかずかと去って行った。
兄が、事ある毎に僕に対して対抗心を燃やすようになったのはいつ頃からだろう。
(そうだ、あれは十の頃、僕が初めて兄上に剣で勝ったのだ)
それを見ていた僕の母は息を呑んで冷や汗をかいていたし、兄上の母君は自分の子を叱咤した。
普段はお優しい正妃様があんなに怒るには訳があって、その日は何だか兄上の心に漣がたっていた。
誰が声を掛けても無視をしたり、手を払ったりで、僕も困惑したのを覚えている。
それで、むしゃくしゃしたような剣を振って、結果僕に負けたのだ。
今思えば、成長に伴う気持ちがついていかない故の可愛いものだったのだろうが。
「アイゼン。貴方は王の座に相応しくないでしょう。弟に譲ったらどうかしら?」
「は、母上…」
「なぜ王が王でいられるのか、なぜ王などと言うものが必要なのか、ならば王はどうあるべきかを理解していない。そんな愚王は不要です」
「そんな…だって私は王太子で…」
「だから?」
兄上はよろけて、その場にしゃがみ込んだ。
正妃様はそれを一瞥して言った。
「ウィルデルト殿、初めて兄に勝ったではないか。よくやったな」
「ありがとうございます」
「二人とも下がって良い。少し疲れた」
兄の視線が刺さるみたいに感じた。
それからだ。
それから僕は、どうにも兄と折り合いが悪くなって、その五年後に正妃様は亡くなった。
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腹が立つ。
ウィルデルトめ、調子に乗りやがって。
がん!
机を思い切り叩く。そんなもの、自分に痛覚が遅れてやってくるだけ。つまらない行為だ。
「…っ!…マリアンヌ」
自分を抑えられないくらい人を好きになるなら、初めから近寄らなければ良かった。
このまま王太子でいれば、手に入らない人。
記憶の中で、可憐な笑顔を向ける君。
(これがウィルデルトのやり方か!)
汚いやり方だ。反吐が出る。
いきなり表舞台に現れたかと思えば、私が惚れた女の姉に手を出して。生涯の伴侶か王の座かを天秤にかける私を見て、ほくそ笑んでいるのだろう。
(そこまでして王の座が欲しいか!)
私はもう、マリアンヌがいなければ一時も生きられないと言うのに。
けれど、王を諦めると言うことは、つまりウィルデルトにこの国の未来を託すと言うことだ。
そうなれば、この国は破滅するだろう。
あいつは、ウィルデルトは、私の母を手にかけたような男なのだから。
「最後に一度だけ、君に会いたい…」