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教会の片隅で

「ティファニー!!!ああ、良かった…大丈夫かい!?今ガーゼを替えよう!君、これを父君に渡してくれ」


 侍女にシャンパンを手渡すと、私に駆け寄ってきた。

 ウィルデルト様は毎日クラウディア家に通っている。

 私はと言えば、ちょっとした動作で痛みが走るので、一日の殆どをベッドの上で過ごした。


「湯浴みは済ませたのだね。僕が来るより前に済ませるなんて…。髪の毛を拭いてやりたかったのに。明日からは僕が来てからにして。じゃあ、ガーゼを替えようか」

「うっ…はい」


(なんか…わくわくしてない?)


 ここ数日、何とか断ろうとしたがその度に捨て犬のような表情をされるので、もう観念してガーゼ交換をお任せしている。

 背中を向けて、肌を露出させると、ゆっくりとガーゼが剥がされた。


「…いつ見ても痛々しいな…消毒するよ。痛かったら言って?」


 ぽんぽんと優しく触れる綿花。それに染み込ませたアルコールの沁みる感じが、重たく現実を突きつけてくる。


 火傷の薬だと信じていたものは、意図して顔を醜く歪ませる薬だったこと。

 それは義母が塗ったもの。

 義母だと思っていた人が真実自分の母親だったこと。


 そして、その母親に刺されたこと。


(後ろを向いていて良かった)


 今にも涙が溢れてしまいそうだったから。


 重たく冷たい現実とは反対に、丁寧にガーゼを貼ってくれる指先が肌に触れるたび、深い愛情を感じた。心が揺さぶられすぎて変になりそうだ。


「ウィルデルト様、母の様子をお聞きしても?」

「…相変わらずさ。僕を思っての行動だったとか、マリアンヌと結婚させるべきだとか、そう言うことを一日中叫んでいるらしい」

「こんなことを聞くのは…申し訳ないのですが、どのような処遇に?」


 サテンの寝巻きを首元まで上げてくれたので、ボタンを閉じる。

 手が震えて上手く留まらない。


「普通なら絞首刑だが…幸い僕は怪我もない。身内の君が身を挺して守ったことで罪は軽減されるだろうから、良くて修道院行き、悪ければ流刑となり、刑期を終えても生涯王都への立ち入りは禁止だろうか」

「ウィルデルト様はそれを見込んで?」

「…ああ、そうだ。僕を憎んでくれて良い。だからティファニー…」


 そっと後ろから手が伸びて、背を向けていた私の頬に触れた。

 つい貴方の方へ向き直ってしまったから。泣いているのがバレてしまう。


「泣かないで」

「うっ…。いいえ。貴方が憎くて泣いているのではないのです。王族を害そうとした母親を持つ私が、貴方と結ばれて良いわけがないでしょう?いくら本人にそのつもりがなかったとしても、そういう事で囚われているのですから」


 ふいに抱きしめられる。


「痛かったら殴ってくれ。でも僕はこうしていたい。…母君は、ティファニーのことを他人だと言っている」

「この期に及んでそんなもの通用するわけがないでしょう…?」

「それから、聞いていると思うが、クラウディア伯爵は正式に母君と離縁された」

「ええ」

「父君は勤勉実直で多くの功績があるし、なにしろ父君も危うかったのだ。様々な観点から見ても累は及ばないだろう」

「そうですか、それは良かったです。感謝申し上げます」

「君に至っては僕を守ってくれたし。…ただやはり婚約は当分難しくなった」


 ぎゅっと握った拳に手のひらが載せられる。


「それでも、それでも僕は許せなかったんだよ…産まれてから今までずっと、君を害していたことが…どうしても」


 もう何も言えない。俯くしかない。


「だが、君が僕を守ったのは事実だし、母君は君の母親ではないと言う。僕は、ここを主張して婚約まで持っていくつもりだ。それに幸い僕は王太子ではないのでな。だが……」




✳︎ ✳︎ ✳︎





 私は走った。

 背中に痛みが走っても構わず走った。一足ごとに背中がズキズキと傷む。


 街の外れにある、古い教会。

 美しい妹は、教会の椅子にぼうっと座っていた。

 ステンドグラスから差し込む光が、いろんな色で艶やかな髪を照らしている。


「マリアンヌ!!」

「…お姉様」

「あなた、こんなところで…」

「やだ!お姉様、お部屋にいなくては。まだ治っていないのでしょう?」

「…一緒に帰りましょう?…マリアンヌ?」

「……私ね、アイゼン様のこと、ずっとお慕いしていたの。お母様はウィルデルト様と結婚させたいってずっと言っていたけれど。でもね、ふふ、アイゼン様ったら時折私を目線で追うようになったのよ。初めは気が付かないふりをしていたの、そうしたら段々アプローチを受けるようになって…プロポーズ、うれしかったなぁ……」

「マリアンヌ…」

「だからね、私…私…っっうっ…」


 こんなに泣いている妹は、大人になってから初めて見る。

 私に縋ってぼろぼろと涙を溢した。

 マリアンヌは泣きたい時、いつもこの教会に来ていた。目に映る光景は、子どもの頃と何も変わらなかった。

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