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ルォレンは顔を上げて、男を睨んだ。
「なんだとっっ‼︎ お前からぶつかっておいて、舐めた口きくんじゃねえぞっ‼︎」
どっ、と腹に衝撃があった。足で蹴られたのはわかったが、一瞬で息ができなくなり、その腹を両腕で抱えるしかできなかった。口から唾を吐き出し、おえ、おえと、えずいてから丸くなる。
「……はあ、はあ」
あまりの痛みに顔を歪ませる。目には涙が溜まり、男の足元に転がる黄色の物体が、ぼんやりと映った。まだ食べられそうな物が転がっている。
「……ミラ、ンのバナ、ナ……」
手を伸ばす。バナナには遠く、届かない。腹を抱えたまま、ズルズルと前進すると、男の足が目の前に並んだ。
クツにはバナナがべっとりとついている。
「おい小僧、よくもオレ様のクツを汚してくれたな」
そして、男はさらに腹を蹴った。腕で押さえていたので、二度目の衝撃は少なかった。けれど、ルォレンの動きを完全に止めるくらいの、荒々しい蹴りだ。
「ミラン、の、」
それでも手を伸ばした。
そのルォレンの様子を見て、男が高らかに笑って、「そんなにこれが欲しいのか」
そして、残りのバナナをぐちゃりと踏みつけた。倒れながらも、ルォレンはその様子を見ていた。目の前で、壊れていくもの。
「くそおおお」
あまりの怒りに身体が震えた。ミランの腹を少しも満たすこともできない、自分に対しての怒りもあった。
顔が真っ赤に火照り、額に青筋が立つ。けれど、身体は思うように動かない。
悔しくて悔しくて、ルォレンは地面の砂を握り込んだ。唾が口から垂れ、砂地に茶色の跡をつけていく。その染みが広がっていく様子を見ているしかなかった。
「ガキがっ‼︎」
そして、再度男が足を振り上げた。今度は腹ではなく、顔面の位置。目の前に男の大きな足が迫ってきて、ルォレンはとっさに、ぎゅっと目をつぶる。
けれど、衝撃はいつまで経ってもやってこなかった。
うすら目で見ると、バナナを踏んだ男は、その場で倒れていた。
そして、もう一人。
白髪の、男。冷たい目。
ルォレンは地面に顔を落とすと、倒れている男の靴底についたバナナの果実を見ていた。それが、この騒動の最後の記憶だった。




