セールスポイントはそこじゃない
「ほら、取ってこーい!」
そう言って、ボブがボールを投げた。
『わふっ』
私は短い手足を動かし、ボールを追いかける。
そして、ボールを咥えてボブへと渡した。
「えらいでちゅねぇ」
『そりゃまあ、精神年齢二十歳を超えてますからね』
スマートフォンもない。肉球じゃ本も読めない。そんな私の楽しみ。
それは食事と昼寝とボール遊びだ。
シンプル故に飽きない。それこそがボール遊び。確かに前世では球技はたくさんあったし、新しいものも毎年生まれていた。
ボール遊びの素晴らしさは、生物の本能に刻まれているのだ。
なーんて、ちょっとアホなことを考えているけど、自分の現状を考えなかった訳ではない。
私が目を覚まして、半年ぐらいは経っているだろう。
その間に分かったこと。まず、私はただの犬ではなく魔物という生物らしい。といっても、前世のくくりとしては動物と変わらないようだ。ただちょっと、魔物は狂暴な種が多いということ。
まあ、人間と共存する家畜のような存在もいるようなので、魔物自体が忌避されているとかではない模様。
代表とボブは、旅をしながら各地でオークションを開催する商会を営んでいる。そして、私は二年半ほど前に野営地の近くでやせ細って倒れているのを保護され、そのまま売り物に。
それ、なんて人身売買って感じだけど、私は魔物なので人権はナッシング。まあ、前世でも動物の生体販売や品評会なんて当たり前に行われていたからね。今は三食昼寝付き。忠実なお世話係のボブもいて不満はないのだが……。
「……さて。そろそろ準備するか。今日はお前の飼い主が決まるからな」
不安はあるんだよぉぉおお。
ついに私はオークションに出品されるのだ。買う側からすれば、ただの娯楽。売られる私からすれば、飼い主によって私の今後の人生が決まるのだ。
緊張しない訳がない。
ぷるぷる震える私を見て、ボブが優しく抱き上げた。
「お前もオレと離れるのが寂しいか」
『いや、別に?』
相変わらず、口から出るのは「わんわん」と聞こえる犬語だ。
「そうかそうか。オレたちは相思相愛だな」
犬の言葉って、分からない方が幸せだなって日に何度も思う。
そうこうしているうちにもふもふの毛を丁寧にブラッシングされ、爪もやすりで磨き、黒い上質な皮で作られた首輪を付けられた。そして私はアンティーク雑貨のような鳥籠――――ただし、二メートルはある――――に入れられた。
ボブによって連れてこられたのはサーカスで使うようなの大きなテントの舞台裏だ。薄暗い中で、ボブのすすり泣く声が響く。
「ひぐっ、これでお別れなんて……」
「仕方ないだろう。儂らじゃコイツを扱いきれん」
「ひぐっ、ひぐっ、ですが代表……」
「泣くな馬鹿者! 最初にコイツを保護するときに決めただろう。……身元のしっかりとした権力と財力のある者へ渡った方が幸せ……だ、と……」
代表の目に涙が浮かぶ。
え、嘘……ここで代表のデレ発動? こっちも泣いちゃうかも。
ボブと代表は私という人格が覚醒するまでお世話してくれた。生まれ変わった地で安全に生きてこれたのは二人のおかげだ。
いきなり野生の食物連鎖――――しかも、勝手の分からない異世界――――に放り込まれたら、私は生きてはいなかっただろう。
だって私の嗅覚も聴覚も前世並みだし、体力だって普通の小型犬並み。可愛さに極振りのステータスなのだ。
『私、幸せになるよ!』
元気よく私が吠えると、ボブが滝のような涙を流した。代表は顔を手で覆っている。
最後にボブが私の頭を撫でると、ぐしゃぐしゃの顔で言った。
「ひぐっ、絶対に竜人にだけは落札されるなよ。解剖された後に標本になってしまうからな……」
え、何その不穏な一言。竜人ってどんな奴なの!?
人語を話せない私が質問することができるはずもなく、カートに乗せられた私はそのまま運ばれていく。
暗い通路を抜けたかと思えば、一瞬にして眩い光が私を包み込む。
サーカスで使用するような広いテントの中は、一言でいえば熱狂していた。
木組みの舞台の上。カートに乗せられて、私を入れた大きな鳥籠は中央に置かれた。
上を見れば、世にも不思議な鮮やかな光源体がふわふわと浮いている。前世にも負けない、美しいスポットライトだ。
天幕は上質な紅色。舞台を取り囲むようにクッションの敷かれた椅子が並び、派手な服を着た人々――――おそらく、オークション参加者――――が私を見ながら、ざわざわと話している。
代表のようななじみ深い人間、ボブとはまた違う動物の耳を持つ獣人、耳の尖った人は所謂エルフという存在だろうか。
前世では考えられないような様々な種族がこの世界には存在しているらしい。
私は人々の熱狂に当てられ、身体がカチコチになる。前世も含めて、これだけの大人数から注目を浴びたのなんて初めてだ。
「さて、本日の目玉商品の登場です!」
私の緊張などお構いなしに、オークションの進行役の青年が高らかに声を上げる。
「世界各地、どのオークションでもお目にかかれないでしょう。こちらの商品。未発見の新種の犬型魔物です!」
……え、未発見の新種って、私のこと!?
私は世界一可愛い。それは揺るがない事実だけど、他にも仲間がいると思っていた。だって、この世界にも私の親はいるはずだから。
嗅覚も力も平凡な小型犬程度の私の種族が、人の訪れないような過酷な環境で生き残れる訳がない。てっきり、愛玩犬のように人と共に生きているのかと思ったけど……。
「狂暴性はなく、とっても人懐っこい性格です。ご飯とボール遊びが大好きで、時にはお腹を出して寝ることも。調教はとても簡単にできるでしょう!」
……なんか、不穏な方向に行ってない?
私の心配をよそに、進行役はそれはもうノリノリに私の商品説明を続ける。
「学者の皆さん、新種の魔物で実験しませんか! 調教師の皆さん、新種の魔物に芸を仕込んで一攫千金を狙いませんか! 騎士や冒険者の皆さん、戦いのお供に新種の魔物はどうですか! 魔術師の皆さん、新種の魔物からは良い素材が取れますよ! 貴族の皆さん、パーティーの余興に新種の魔物はどうですか!」
ど う で す か 、 じ ゃ ね ー ん だ よ !
私にはもっと別のセールスポイントがあるだろうが!
餌をあげたくなるほど可愛いとか、ただいてくれるだけで可愛いとか、一生大事に養ってあげたくなるほど可愛いとか、いっそ下僕になりたいぐらい可愛いとか!
「この愛らしい魔物が美しく成長するのか、それとも血肉を食らう頼もしき獣となるのか。落札者しだいで、いかようにでも変化します!」
変化しないよ、私はいつまでも世界一可愛いままに決まっているでしょうが!
「さあ、この世界で唯一の所有者になる方はいったい誰なのか! 金貨100枚から開始です!」
いやぁああ、お願いだから開始しないでぇええ!
主人公が出品されているオークション
→世界中の珍品が集まる知る人ぞ知る人気のオークション。身元のしっかりした人のみ参加可能。代表の目利きは確かで、どの商品も高価格で落札される。
進行役
→元役者。ケガで役者を辞め、路頭に迷っていたところを代表がスカウト。今回が初めての単独進行ということもあり、やる気に満ち溢れている。代表への恩義から、主人公を歴代最高価格で落札させたいと思っている。善意しかないのが困りもの。