祝!人類との遭遇~異世界~
鏡よ、鏡よ、鏡さん。世界で一番可愛いのはだぁれ?
はーい、私でぇぇええす!
鏡の前でテンション高めに行ったり来たり。動く姿ももちろん可愛い。ペロリと出す舌も綺麗なピンク色でとても可愛い。
可愛い、可愛い。可愛いの暴力だ。
「何か倒れる音がしたが……」
テントの入り口からひょっこりと人が顔を出した。
おそらく、転生してから初めての人類との遭遇。しっかりと観察しようとするが、私の全身の毛は一瞬にして逆立った。
現れたのは、四十代ぐらいの男性だった。二メートルはあるであろう長身に、何枚も服を着ているんじゃないかと思うほどの筋肉の鎧。それを引き立たせる褐色の肌と、蛇のような鋭い目つき。死闘を潜り抜けてきたことを思わせる頬に一直線にはしった古傷。
ハリウッド映画で出てくるような、歴戦の傭兵がそこにいた。
『|こっ、こわ、こわ……怖いのか?(わっ、わん、わん……わわん?)』
口から今世初の犬語?が出たが、それよりもびっくりすることが起きた。
映画の主人公を苦しめ、慈悲もなく襲ってきそうな歴戦の傭兵風男性の耳が……耳が……うさぎなのである。
一部の紳士淑女にはそのギャップから心に刺さりそうな外見だが、大半の人間からしたら通報案件だ。HENTAIだと思われても仕方ない。
最初は偽物かと思った。前世では、獣耳のカチューシャなんてパーティーグッズとしてポピュラーなものだったし、動く獣耳を付けた女優が出る某カップ麺のCMは人気だった。
しかし……しかしながら! 目の前にいる歴戦の傭兵風男性はスキンヘッドなのだ。地肌から直接うさ耳が生えてる。本物のうさぎのような毛細血管が透けて見える。ぴょこぴょこと可愛らしく動く。普通、人間の耳が生えているはずの場所に何もない。ファンタジー物でよく出てくる獣人という種族にそっくりだ。
ええ、一瞬で理解しましたとも。
ここは異世界だと。
「お前……」
歴戦の傭兵風男性の男性が私をギロリと睨む。
あ……このままだと、皮を剥いで食われるわ。
そう思った私はごくりと唾を飲み込み、どうするか考えてすぐに結論を出す。
『こ、こんにちは!』
わんわんと私の犬語が飛び出す。怯える尻尾を無理やり動かし、小首を傾げて上目遣いで見上げる。
とりあえず媚びる。それこそが世界一可愛い私の生存戦略だ!
歴戦の傭兵風男性が私にゆっくりと近づいてくる。そして……
「元気になったんでちゅかぁ?」
110番の電話番号が真っ先に私の頭に浮かんだ。
いや、だって……歴戦の傭兵風男性がにやけて鼻息荒く私を見ているんだよ? 普通に身の危険を感じるよね。
ペットを見つめる飼い主とかって、思ったよりも凄まじい顔をしているんだなぁと転生して初めてのペットの苦労を知りました。
まあ、それはさておき。この人が私の飼い主なのだろうか?
試しに近づいてクンクン匂いを嗅いでみる。……汗くさっ。
ここで気づいたのだけど……思ったよりも嗅覚の機能が前世と変わらない? 前世で犬の嗅覚は何百万倍とか言われていたけれど。異世界の犬はあんまり嗅覚が発達していないのだろうか。
「くっ……可愛い」
考え事をしていたら、上から私への賛辞が聞こえた。
まあ、仕方ないよね。私ってば、世界一可愛いもの。
歴戦の傭兵風男性がまた凄まじい顔をしていたけど、もう気にしないことにした。今後の人生……いや、犬生のために犬好きは大切にしなきゃね。
「おい、ボブ。そろそろ現場に……って、その犬。やけに元気じゃないか?」
また、新しい人が現れた。
今度は獣人じゃないみたい。私の知っている人間と同じ位置に耳がある。
50代ぐらいの小太りな男性。前世でいうシルクハットと燕尾服に似た服を着ていて、取っ手が球体になっている高そうな杖を持っていた。
顔は……なんというか……悪いことに手を染めていそうなタヌキ顔。
「ええ、代表。柵を倒すぐらい元気になったようでして!」
歴戦の傭兵風男性改め、ボブが弾んだ声で言った。
「やっとか。ボブが二年も付きっきりで看病していたのに、元気になるのが遅すぎるだろう。この無駄飯食らいが」
私を見下ろし、代表と呼ばれた男がふんと鼻を鳴らす。
「まったく、貧相な魔物だ。早くオークションで元を取れるぐらいには成長してもらわなくてはな」
貧相とはなんだ! タヌキ顔のくせに猫派なのか!? タヌキはイヌ科の動物だぞ。
本当は思いっきり吠えてやりたいが、私はか弱くも可愛らしい犬。力では人間に敵わないので自粛する。だから、心の中で罵倒してやるのだ。嫌な奴め!
「では、ボブ。その魔物を檻にぶち込んだら、戻ってこい」
そう言って、代表はテントを出ていこうとしたが、出入口の天幕を掴むと止まった。
「……料理人が今日は美味い肉が手に入ったと言っていたな。まだまだ細っこいし、仕方ないから好きなだけ食べさせてやれ」
「ありがとうございます、代表」
「ふん! 高く売るためだ」
代表は振り返らずに出て行った。
……うーん、ツンデレ? 意外と悪い人じゃないのかも知れないな。
そんなことを考えていると、ボブが私をひょいと持ち上げた。そして、先ほどよりも頑丈な鉄の檻に私を入れる。
ボブは足早にテントを出て行った。
先ほど、代表が気になることを言っていた。私のことを魔物と呼んでいた。
私ってば、前世の犬的な存在じゃないの? 魔物って響きが既に邪悪なんですけど!
それにオークションとも言っていた。つまり、ボブと代表は飼い主ではなく、私はただの商品!? 人身売買とか恐ろしすぎるんですけど。いやぁ、助けてぇ。人権団体はどこに……って、私は犬だった!
色々と考えていると、息を切らせたボブがテントに戻ってきた。
「ほら、肉だぞ!」
ボブの手に持つ皿には、山盛りの肉がのっている。ホカホカの焼いた肉だ。
『わーい、お肉だ!』
私は本能に任せて尻尾を今までにないぐらいブンブンと振る。
面倒なことは、肉を食べてから考えよっと。
お腹がいっぱいなのは幸せなことだからね。
代表:悪徳タヌキ顔がコンプレックスの真っ当な商人。
ボブ:可愛い生き物が大好き。頬の傷は昔飼っていたペットを大型魔獣からかばってできたもの。




