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これは幸せのないプロローグ


 東京郊外。古いオフィスビルが立ち並ぶこの場所は、昼は多くの人が忙しく行き交うが、終電も過ぎた深夜ともなると薄気味悪いほどの静けさが支配していた。


 古い街灯と少し遠くに見える歓楽街のネオンの光が、かすかに道を照らす。


 ネットで買った安物のスーツとパンプス。今朝、急ぎコンビニで買ったストッキングで身を包んだ私は、あてもなく歩いていた。



「……家に帰ったら捕まる」



 無感情にそう呟くと、天気予報通りに雨が降ってきた。


 スーツに雨が染み込み、全身を気持ち悪さが包み込む。ふと、手元を見ると画面の割れた古い機種のスマートフォンを握っていた。


 それ以外の荷物はない。


 私は白い布で囲まれた建物の前まで行くと、スマートフォンのロックを解除した。建築作業用の電球のおかげで画面が見やすい。


 目的の操作が終わり、画面には『メールを送信しました』とお決まりの定型文が表示されていた。



「……何も感じないのね」



 これから起こることには色々と想像がつくが、私の心は晴れない。


 生きていれば、時間が解決するだろうか。


 そう思った瞬間、頭上で金属の擦れる音がした。


 上を見上げると、工事用の鉄骨が降り注ぐのが見える。


 業者の不手際で資材の固定がされていなかった?


 この法律の厳しい現代社会で、頭上から鉄骨が落ちてくるなんて、いったいどんな確率なのか。よりにもよって、この瞬間に――――





「ほら、やっぱり。神様なんていないんだ」





 私の涙は、雨と血と一緒にコンクリートの上を流れていった。



    ☆



 








 ――――ふぁぁああ、良く寝た。


 毛布に手を付きながら、背筋を伸ばす。


 こんなに寝たのはいつ以来だろうか。ああ、幸せ。睡眠万歳。


 自称週休二日、実際の休みなんてほぼなし、終電過ぎ当たり前、サービス残業当たり前な今時珍しいゲスブラックな会社勤めなのに……。


 よいこらせっと、腰を上げると私は自分の視線がやけに低いことに気が付いた。それどころか、自然に立ったはずなのに四つん這いだ。しかもそれが、しっくりくる。


 不審に思って自分の手を見る。頬に撫でつけてみる。ぷにぷに。そして、たまらん香ばしさが鼻腔を抜ける。



 ……見事な肉球だ。



 これはもしかしなくとも、私は獣的な存在になっているのではなかろうか。


 寝ぼけた頭をフル稼働し、過去の記憶を遡る。


 ああ、そうだ。私は頭上から落ちてきた鉄骨の下敷きになって死んだんだった。宝くじに当たるよりもすごい確率の事故に遭ったもんだ。


 思い出したらスッキリした。


 今の状況はいわゆる転生というものなのだろう。


 哲学・宗教を見ても、転生の概念は世界各地で太古からあった。人間は深層心理で死んだら転生すると理解していたかもしれないし、私のように記憶をもって転生した人が後世に伝えたのかもしれない。


 つまり、私が転生したのも、生き物のシステムというもので特別なことではないと思う。


 前世と同じ人間には生まれなかったようだが、別にそこにこだわりはない。虫じゃなくてラッキーくらいのポジティブな気持ちだ。


 以上、過去の分析終わり。未来のことを考えよう!


 ここはどこか。私はいったいどんな生物に転生したのか。それが知りたい。


 まずは周囲を見てみる。


 私は今、小さな檻……現代社会風に言うと、ペット用のサークルに入れられている。檻の材質は木。高さは私の2倍くらい。屋根はない。鍵は金具に嵌めて固定する簡単なものだけど、内側から簡単に開けられそうにない。


 ここは木や石でできた建物ではなく、遊牧民族が使うような太い骨組みを使ったテントだ。明かりは時代劇で見るような皿に油を入れたランプだけで薄暗い。


 周りには金属の武器、派手な鎧の置物、毒々しい花を咲かせた植木鉢、瓶詰にされた巨大な目玉、古そうな絵画、大型生物の角、ハープに似た楽器などなど、統一感のないものが無機質な棚に並べられている。


 生活感は感じられない。そうなると、ここは倉庫のようなものだろうか。



 キョロキョロと周囲を見ながら分析していると、ちょうどいいものがあった。上半分を布で覆われた大きな姿見だ。縁には複雑なレリーフが刻まれており、なかなか高そうなアンティークである。


 あれを使えば、自分の姿が分かる。


 だが問題は、このサークルを超えて近づかないと見えないということだ。


 サークルは今の私の二倍の高さがある。足が引っかかりそうな場所はない。人間だったら、身体能力がアスリート並みでないと超えられないだろう。


 だがしかし! 今の私は獣的な生物である。二本しか踏ん張れなかった足も、今や四本。つまり、前世よりも足が増えた分、高く飛べるということだ。たぶん、理論上は。


 私は前後の足に力を入れ、思いっきりジャンプする。



 ――――ガッシャ―ン



 ……普通にサークルへぶつかった。思ったよりも身体が重かった。


 で、でも、ぶつかったおかげで一方向に傾きサークルが倒れた。結果良ければすべてよし。


 私は意気揚々と鏡の前に座る。そして、そこに映った自分の姿を見て、全身が震えた。


 すみれを溶かしたような銀色のもふもふとした毛。瑠璃のような鮮やかな青のつぶらな瞳。左右対称の三角の耳に、瑞々しいチョコレート色の鼻。完璧な配置のパーツ。


 ポメラニアンと豆柴のいいところを凝縮したかのような出で立ち。


 つまりは……



 私 っ て ば 、 世 界 で 一 番 可 愛 す ぎ る ん で す け ど !



 ものすごく可愛いくない? 世界中のすべての人間がひれ伏すんじゃない? 



 鏡の中には傾国の美人ならぬ、傾国の犬がそこにいた。


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