始まりの嵐
「暑いわね……」
茹だる様な暑さな上にクーラーが壊れている為、この彩加学園の理事長の娘である御嬢様こと徳大寺瑠璃は学校の四階の南東角にある生徒会室の椅子に座りながら高そうな机に突っ伏してぼやいた。
「午後には修理に来るって言ってましたけど皆さん忙しいみたいですからね」
「私が暇だって言いたいの?」
ただ状況を説明しただけなのに食い気味で噛みつかれた。僕としてはこんな時期に生徒会室に居て何をするでも無いなら帰れよ、と心の中で盛大に突っ込みながらも表向きは笑顔で冷蔵庫の麦茶をコップに入れて御嬢様の顔の近くに置く。
その方向へ顔を向け忌々し気に見つめた後突っ伏したまま息を思い切り吹き始め気が済んだのか止めて起き上がり麦茶を飲む僕を睨みながら。
このまま行くと全部僕のせいにされそうなのでとても帰りたい。だがそんな訳にも行かないのだ。
父は普通のサラリーマンで母は主婦メインだけど手芸の先生をしている家庭だが、父方の先祖が関東で祓い師みたいなものをやっていて僕は残念ながらその力を多分に受け継いでしまったらしい。
初めて”見えた”のは幼稚園の頃、中庭で泣いている女の子だったのを覚えている。その子の手を引いて一緒に遊んでいたのだけどある日幼稚園の先生が神妙な面持ちで両親を呼び出し”この子は可笑しい”と言った。
その時初めてその子が普通の人間には見えない存在だと知る。父と母は急いで祖父を呼び出し相談しその後その子だけは見えなくなった。
祖父は当初同居を頑なに嫌がり一人で居たがこの一件で同居を始め、僕の修行も始まる。見えないものを他人は助けようが無いから自分で助かるしかない、と。
「嫌がらせにしても異常よね。直らなかったら恨むわ」
物騒な言葉を口にする御嬢様と出会ったのは丁度中学受験を決めた日だ。忘れもしない雪が降る中学二年の十二月、予備校へ行こうとして反対側の道に人だかりを見つけた。
五月蠅いなぁと思いながらも関わり合いになりたくないので素通りしようとするもずっと付いて来てしまいには予備校の中どころかクラスにまで付いて来た。
何でもその日は御嬢様は暇潰しに予備校を覗きに来たのだと言う。後で知ったがそこも御嬢様の家のグループ会社だったらしい。
受験する気も無いのに何をしに来たんだと言う目で皆見ていたし僕も取り巻きたちがウザいと思って見た。が、暫くすると別の物が彼女の頭の上に居たのを見てしまいゲンナリする羽目になる。
――貴方様貴方様、童御腹が空きました……――
それは十二単を着た途轍もない美人。惜しむらくは角と牙が生えている上に空中を漂っているという点だ。
――こういうのは現代で言う所の”ちゃーむぽいんと”って言うんじゃありませんか?――
家で御袋と一緒に古いドラマのDVDを見てハマっているらしく古めの現代語を習得し非常に鬱陶しい。
――とれんでぃどらまと言うのは良いですわね心潤いますわ――
鬼が心を潤って成仏するのかと思えばそうではなく元気になって来たのが余計腹立つ。
「貴方なんて顔してるの?」
御嬢様はだらけながら麦茶を飲みつつ僕を指さして言う。眼鏡を人差し指で押し上げ表情を隠す。誰のせいでこんな目に遭っているのか言ってやりたい気がするがしないだろうなと思う。
容姿端麗成績優秀、家は超が付くほどの金持ちで自分も幸運値最大級の御嬢様。そんな彼女は自由奔放に生きて来たので恨み辛みを買うのも日常のお買い物みたいなもので。
その結果恐らく召喚されたのが空中を漂っている牙と角を生やした鬼である般若。
彼女の取り巻きは彼女の護衛であり日々起こる不幸から彼女を護る為に両親が付けたものだった。
――暑さを感じないのは最高ですね――
御嬢様の上で横になる恰好をして気持ち良さそうな般若。この二人は僕を常時煽り続ける悪魔の親戚だと思っている。因みに鍛錬の結果心を全て読まれないようオンオフを習得したが気を抜くと聞こえてしまう。
――そう言えば貴方様――
……心の声が漏れたのかとちょっと焦るも平常心を保ち心の声をオンにする。何か問題か?
――問題は常時あります。ですが……嵐が来ます――
嵐? 常時嵐に会い続けているのにこれ以上のものが来るって言うのか?
――悪口の御仕置は後にして警戒された方が宜しいですよ?――
「こんちわー! エアコンの修理に来ましたー」
一瞬ビクッとしたが生徒会室の引き戸が開いて現れたのは工事業者さんだったのでホッとする。幾ら厚いとはいえ驚かせて肝を冷やしても一瞬しか涼しくないんだけどな。
僕は笑顔で挨拶しエアコンの場所を教えると般若が背後にいきなり移動して言う。
――貴方様って私たち以外には鈍いんですね――
背中にいつも隠している先祖代々身を護ってくれている刀、黒隕刀が突然抜けて前に出て来た。
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