始業式
初めて投稿するものです。頑張って最後まで書ければと思っています。誤字やおかしい文章がありましたらどうぞご指摘をお願いします。
3月の風はまだ寒く、草木はまだ春の訪れに気づいていないようだ。前日の大雨のせいで校庭にできた水たまりは、鼠色にくすんだ天気とは打って変わって真っ白なプレハブ校舎を映し出していた。進一はどんより曇った空を一瞥すると、すぐに視線を前に戻した。校庭では、学生服とセーラー服に身を包んだ10名が、地方官から校長に御真影が下賜される様子を軽く首を垂れながら見ている。彼らの後ろには、型のまちまちなパイプ椅子に座った来賓達が難しそうな顔を並べている。生徒たちに近い一列目に座っているのは、この村の村長や労働組合長、村の商工会等、各団体の長とエルフの部族長達である。彼らは互いに目を合わせることなく一心に生徒たちを見つめている。壇上では校長が手にした御真影を恭しく額の上あたりまで掲げ、それを桐の箱に収め、事務員に手渡した。わざわざ御真影の下賜を入学式で行うところなどは、植民地の学校らしいところである。生徒たちは、バラバラに顔を上げた。彼らは進一がこれから三年間受け持つことになる生徒たちだ。すでに名簿はもらっているため、顔と名前は把握している。なかなか個性的なメンツであることは、外見からもその経歴からも分かっていた。
ナハマ・ケイミック村に村立の高等学校を新設しようとの声が上がったのは2年ほど前のことである。村の発展に伴い、外地人だけでなく内地人からも、大学への進学や内地の高等教育機関に進む道を開くべきであるとの声が沸き上がって来た。村には義務教育の機関である、国民小学校と国民中学校は存在する。しかしながら、大学に進学する場合、高等学校卒業が要件となる。そのため、村で進学を考える生徒は、リックス大陸最大の日本都市である景京に出でそこの高校に通う必要がある。景京までは、オートマシンで10時間、輸送機で2時間である。よほどの大富豪でない限り通うことはできない。そのような経緯もあって、なんとか村の金を出し合って作られたのがここナハマ・ケイミック村立高等学校である。
「ムカイハジメ」
「はいっ!」
生徒の名が一人一人呼ばれ、入学証書が手渡されていく。彼らは一様に緊張した面持ちで、ぬかるんだ地面の上を進んでいく。生徒の中で一番目立つのは、ダークエルフの少女である。滑らかな褐色の肌とセーラー服の白い生地のコントラストが、何とも言えない上品さを漂わせている。すぐ直後続いた白エルフの少女と比べると、背も高く体躯も良い。まるで親子の様なサイズ差である。
式は滞りなく進み、村長からの激励の言葉をもって締めくくられた。
「諸君らは今、それぞれの夢や志を持って、自らの道を進もうとしておる。その道は、やがてこの村の人々を助ける生命線となるであろう。諸君らの勤勉と努力に期待する。」
村長の言葉に深くうなずいたのは、生徒でも教員でもなく、生徒たちの後ろに座っている来賓達であった。特にエルフの部族長たちにとっては、まったくもってその通り、自分達が言いたいことを言ってくれた、という感じだろう。戦前はホモ・サピエンス(人間)にその魔法の力で優位に立ち、人間たちの師であり、親のような存在であったホモ・エルフ(エルフ)たちも、魔法の力が全く使えなくなった戦後は、この星で不遇な扱いを受けている。医療や食糧生産、その他あらゆることを魔法の力に頼っていたエルフ社会は、戦後あっという間に崩壊し、人間達に助けられながら生きている。彼らの名誉のためにも一刻も早く現代社会の中でエルフの名を挙げなければならないと考えるのはいたって自然なことだろう。
式が終わると、来賓達はぞろぞろと校庭から去っていった。進一はホームルームを始めるため、プレハブ校舎3階にある教室へと向かった。生徒たちはすでに教室へ入っているようだ。教室へと続く外階段を登りきると、空にはわずかに晴れ間が見え始めていた。