13章:コンプリートブルー(7)
「あなたは戦わなくていい! 私のコックでいてくれればいい! それじゃあだめなの?」
風間さん演じるヒロインのこの台詞は本来、ヒロインが戦う主人公を引き留めるセリフだ。
しかし今の風間さんの芝居は、主人公の心配をしながらも、覚悟を確かめるような前のめりなものだった。
風間さんはセリフを言いながら、オレの顔をじっと見ている。
なるほどな。
これはイタズラではなく挑戦だ。
まるで「応えられるかな?」と言われているようだ。
素人のオレにどこまでできるか……。
もとの流れであれば、主人公は強気にヒロインの心配をはね除けて戦場へと赴く。
だが、こうしてヒロインから挑まれた場合、この主人公ならどう反応するだろうか。
後に主人公が同様の状況になった時、ヒロインに一緒に戦って欲しいと言う。
しかしこの時点では、そこまで絆は深まっていない。
ならば……。
「コックでいるために戦うんだ」
ヒロインへの拒絶が強かった作中に比べ、意識を自分の夢へと向けた芝居にしてみた。
……つもりだ。
もちろんそんな感情を表現するテクニックなど持ち合わせてはいないので、最近見た別の作品から似た感情のシーンを思い出し、応用してみた。
記憶定着魔法がこんなところで役に立つとはな。
オレの芝居を見た風間さんは、少し驚きつつも満足げに微笑みながら、生アフレコを続けていく。
そして終演。
会場は1回目の生アフレコよりも大きな拍手に包まれた。
「難波君やるぅっ!」
元気に声援を送ってくれたのは渡辺だ。
さすが陽キャっぷりだが、こちらとしてはかなり恥ずかしい。
もじもじするのも癪なので、軽く手を上げて応えておいた。
「キミ、難波君って言うんだ。演劇部かなにかなの?」
風間さんがオレのとなりに立ち、マイクを向けてきた。
「いえ、そういうのはやったことありません」
「お芝居初めて!? はへ~これは天才見つけちゃったかも?」
オレの回答に陽山さんがひょいと体をよせてくる。
それでもぎりぎり触れない距離をとるあたり、しっかりアイドルをしている。
「いや、そんなんじゃないですよ。勘弁してください」
事情が事情だけに、まっすぐ褒められるのはちょっと心苦しい。
そんなこんなで、好評のうちに終わった講演会。
教室にカバンを取りにいく途中、クラスの連中からは声をかけられまくった。
上手かっただの、声優になればいいだの、殆どがポジティブな意見だ。
もちろん気軽に言っているだけだろうが。
まだアニメが子供とオタクだけのものだった時代だ。
オタクはバカにもされたが、陽キャでも根がイイヤツってのはこんなもんなのかもしれないな。
もちろん、カゲで「きもっ」とか言ってるやつはいたが。
聞こえてるんだよなあ……。
教室でカバンを回収した生徒達は思い思いに帰路につく。
オレも帰ろうと思った矢先、廊下がにわかにざわつき始めた。
教室から出て行く生徒達の流れに逆らって入口から顔を出したのは、風間さん、陽山さん、そして駐車場の一件以来となる冷泉さんだった。
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