9章:ラブレターフロムギリシャ(26) SIDE 由依
SIDE 由依
カズの姿が消えてからどれくらい経っただろうか。
時間にすればほんの数分のはずだが、みんなの疲労は激しい。
ケルベロスが攻撃してくるたび、それをいなすのに大量の魔力と体力を消耗する。
攻撃に意識を割きすぎると防御がおろそかになるのだが、守ってばかりでも押し切られる。
こちらにまだ死亡者はでていないものの、骨折などで戦闘不能になっている者は9名出ている。
「ぐあぁっ!」
今、10名に増えた。
一方、ケルベロスの頭は3つとも健在。目を一つ潰したのがやっとだ。
胴体にも何度かダメージを与えているが、いずれも自己再生されてしまっている。
無限に回復できるということはないだろうが、ケルベロスの持つ膨大な魔力が尽きるよりも先に、こちらが力尽きる。
首の一つくらいなら吹き飛ばすことは可能だが、その時点で魔力切れを起こすだろう。
他の兵士達で、私の火力の二~三人分も出せればよかったのだが、一人分すら確保できないというのが私の見立てだ。
そうこうしているうちに、一人、また一人と戦闘不能になっていく。
ケガをした彼らが狙われないよう後方に下げさせ、前衛は私やアクセルさんが務める。
とはいえ、戦闘不能者が増えるほど、私の負担も増えていく。
岩を纏って巨人化したアクセルさんの肩にケルベロスの牙が突き立てられた。
「ぐあああ!」
分厚い岩の装甲を貫いたのか、アクセルさんが悲鳴を上げた。
前線を維持できたのは彼の功績も大きい。
なんとか彼からケルベロスを引きはがそうと、後衛組が飛び道具を撃つが、ケルベロスはわずらわしそうに目を細めただけだ。
ここでアクセルさんがやられては、一気に前線崩壊に近づく。
私は飛び上がり、アクセルさんに噛みついているケルベロスの頭目がけて急降下。
足の裏に魔力を集中し、蹴り潰した。
頭蓋骨の砕けるイヤな音と感触がするも、やがて回復してしまうだろう。
この程度のダメージは何度か与えているのだ。
「助かったぜ……」
着地した私の横にアクセルさんが下がってきた。
岩の内側で出血しているのだろう。
顔色がよくない。
それでも彼に引いてもらうわけにはいかないし、彼もそうするつもりはないようだ。
私達がここより後ろに引けば、背後にいるみんなは確実に殺されるからだ。
だけどもう、だましだまし時間を稼ぐだけの人員は残っていない。
魔力を残して死ぬくらいなら!
私は意識して制御していた魔力を解放した。
これまでがマラソンのペースなら、中距離走程度の出力だ。
私の魔力に反応したのだろう。
ケルベロスの首が一斉にこちらへと向かって来た。
その一つを蹴り飛ばし、二つ目を踏み台にして、三つ目にカカトを落とす。
蹴りの際、ケルベロスに魔力を流し込み、爆散させる。
予想通り魔力抵抗が高い!
本来なら首をまるごと吹き飛ばせる威力があるはずが、7割程度原型をとどめている。
やはり吹き飛ばすには全力が必要だ。
全力を出しきってしまいたい誘惑にかられる。
しかしそれは、必ず助けにきてくれるカズを裏切ることになる。
ここはなんとしても耐えきってみせる。
最後まで残っていたアクセルさんも倒れ、ついに残っているのは私だけ。
覚悟は力だ。
しかし、それにも限度がある。
再生が追いつかなくなってきたのか、ケルベロスの牙はあちこち欠け、6つある目の2つは潰れている。
それでもなお、人間からすれば圧倒的な攻撃力だ。
よだれを垂らしながら頭上からかぶりついてくる頭に、蹴りで作った真空の刃をぶちあて、なんとか避ける。
しかし、着地の瞬間、足下がもつれた。
疲労と魔力枯渇によるふらつきだ。
好機とみたケルベロスの顎が容赦なく私を襲う。
避けられない――っ!
そう思った瞬間、ケルベロスの頭がごとりと私の横に落ちた。
紫色の血を頭から被ったが、そんなことは意識の外だ。
彼が来てくれたのだから。
「カズ!」
私は思わず彼の名を叫んでいた。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
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