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彼女の痛み

作者: 月見里 桜

『彼女の痛み』

‘痛みを抱えるまで、相馬とは恋はしない’。

約束のように毎朝会うたびに告げる。

 黄昏時、黄金色に染まった校庭に大きく長く校舎の影が伸びる。相馬は下足室に繋がる通路の端、サッカーゴールが置かれた所でリフティングをしている。上下の服は白く、36番と番号が印刷されている。土で所々汚れている。

 サッカーゴールに背を預ける少女、雪野。肩を少し超える辺りで切りそろえた黒髪、見るからに優等生といった雰囲気だ。

 「また、失恋した」

 また、と軽く付ける雪野。

 「うーん」

 とボールを頭の上に蹴り上げる。そのまま、ヘディング。続けて。

 「ふーん」

 心の中で、俺がいるじゃん。

 「つか、進路決まった?俺、阿武山大。スポーツ推薦で」

 見た目は優等生ぽいが勉強は中の上。真面目だけあって失恋するといつも深く傷つく。真面目なら一途になればいいのに。俺だけにするとかさ、とは口が裂けても言えない。ただ、横目でチラリと雪野を見る。そろそろ傷ついて笑えなくなる頃かな。肘をぐっと曲げる。

 「大学は?」

 「うるさい。失恋した」

 失恋したに強く力を込める。

 「大学は?」

 相馬はワザと大学の話に持っていく。雪野は後ろ手に握った手に力を込める。

 「まぁ、雪野のことだから、大丈夫だと思うけど、それで失恋は高先輩?」

 顎が下がる、的中した。そして、両手で顔を覆う。膝を折ってしまう。

 「話、聞くけど?」

「ううん」

 膝を抱えて蹲る。

 約束から早10年。私が笑っている間は相馬に恋をしない。

もしできるなら、彼女の痛みを一緒に抱えられたらと思う。でも、相馬と雪野の間には一つの約束がある。それが、雪野が笑っている間は互いに恋愛感情を抱かない。約束はそう10年前の8つから。

 雪野が当時好意を抱いた男子にいじめられていた。でも、それを好意と受け取りいじめられ続けていた。

 ‘違うよ。いじめじゃないよ’

 口癖のように言い続けたこの言葉。雪野をいじめるなと、当時よく助けたものだ。でも、いじめを好意と受け取り続けた雪野。優しいというより、少し抜けている。

 「それで、まだ笑えるの?」

 優しく問いかけると、ふるふると首を横に振る。

 「高先輩には本気で恋をしていた訳だ」

 「うっさい」

 ぐすんっと涙を飲み込む。夕日が雲で隠れる。一気に寒くなる。雪野はクラス委員長を務めるほど正義感が強い。人を責めないのだ。

 「いっそ、押し倒して既成事実を作ればよかったのに」

 とサッカーボールを両手で掴む。よく見ると表面が少し削れている。

 「俺と既成事実を作ろうか?そろそろ、俺を選んだら?」

 「嫌。相馬を選ぶことは絶対にない。だって、私はこの失恋でまた成長したから」

 強く、脆い雪野を大切にしたいと相馬は思う。だから、この距離。痛みを一部共有出来る一歩半程度のこの距離間が理想。

 「もう、帰ろうか?」

 「ん」

 雪野の分の荷物をまとめて持つ。そして、そっと手を握る。相馬に許されたこの距離。一番近くて一番ある種遠い関係性。歩き出して影が一歩先を行く。

 「胸の痛みはどう?」

 「痛い」

 俺は雪野の逃げ場所だ。雪野はいつもはもっと話す。片言で、小声で話す時はいつも傷ついている時。

 「帰り、たこ焼き買って帰ろう」

 「ん」

 幼子のように涙ぐんで頷く。いつか、彼女が笑えなくなったら、とひそかな期待を抱く。

 「ん。帰ろう。相馬」

 顔を上げた雪野はもう、晴れ渡った空のように、少し涙を目じりに残して微笑む。

 やっぱり、俺は雪野の笑った顔が見たいからこの距離を詰めないんだ。


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