続編・日影が森女学院 私の遠い日の心の中の秘密の物語「NSJクラブの思い出」 その2
deep Shadow Forest Girls High School
A secret story in the heart of my distant day
別名「妄想老人青春学園日記」
その1からの、続きが、ここからはじまります。
さて、、、、、、、、、、、、、
それでは、、ここからはより具体的に?
そんな「日影が森高等女学院」の女性徒とのエピソードをさっきの「NSJクラブ記録」などの文章メモと、
私が覚えてる記憶の中から、、、、、、、、、、、、、
いくつか思い出して個別に?「反芻」してみたいと、思います
たくさんある中の、、ほんのすこしだけですが、、、
今は老いさらばえた老人の、、
幻想のような40年前の 甘い あまい?
妄想の?思い出ノート?、、、、、、、、、、、、、、
あるいはそれは、、「妄想老人青春日記」?なのかもしれない。
ところで
これから語る、、こういう以下のような場面では当然正顧問の桜岡先生は来ていないということです。
養護教諭で保健室に詰めているわけですから。
そこで、、、40年後の私からの忠告?
やっぱり?こんな若い23歳の独身教師と17才の女子高生を無監視?で一室においてはいけませんよね?
うん?
あ?
そうか?
40年後に振り返れば、、
多分?桜岡先生は、老練なおばちゃん先生ですから、すべてわかっていて?もしかしたら女子高生と私との「縁」を取り持つために?わざと、そうしていたのかもしれない??
ああ、、今思えば多分そうですよ。本校の実情が分かっていたから、そして私を信頼して?あの本校卒業生と幸せに結婚した6人の先輩教師↓のようになってほしい?と、きっと思っていたから?
粋な?配慮をしたんでしょうね??私が在校中に女子高生とできちゃったなんてならないと、私のことを信用してたんでしょうね。たぶん?だから、わざと女子生徒たちと私を放任?したのでしょう?
たしかに、
そう思える節が今から思えばありましたものね。
「佐藤先生、部員の生徒からも信頼が厚いようですね。女生徒達ってかわいいでしょ
、みんないい子でしょ、信用されてるのだからがんばってね。私は忙しいのでお任せしますよ」
「彼女たち、卒業したらみんなきっと良い「お嫁さん候補」でしょう? ね?せんせい、
そうでしょ?どうおもいますか? おほほほ、、、。」
、、、、、なんていわれたこともありましたから、、。
たしかにみんなかわいくて、みんなよい子でした、
そして卒業後には、お嫁さん候補で申し分ない女生徒たちでした。
18才の初々しい花嫁、、幼な妻? おままごと夫婦?
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
ある日の部活で、、、、、、、
その日は老人ホームで送るプレゼントの折り紙とモール?を7名で手分けして作っていました、、
私は何気なく真美子の手元を見ていた、、すると、
「あ、、せんせー 今、真美ちゃんのことずっと見てたでしょ?
真美ちゃんが好きなの
真美ちゃん。こんどせんせのとこ行ってあげなよ。」
と、智代が言いました。
真美子という子は体型も大人の女性を彷彿とさせるよな女性体型?で、
まあなんというか魅力全開?でしたね。
ブラウスの胸元がさりげなく開いていたりして、、、、でも、おとなしい子でした。
すると今度は文子までもが、、、
「真美ちゃんどうですか?
卒業したら、せんせのとこに行くってのは?」
「行くって?」
「お嫁さんですよ、「お嫁さん候補」だよ」
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
ああ、、そうだ、ほんと それで、、私だって内心はOKでしたね。
というか ほんと卒業後に、来てほしいとさえ思いましたもの、おしとやかで誠実な真美子に、、、。
でも まさか
「そうです」なんて言えるわけないですよね?私は教師ですからね。
真美子はポットほほを赤らめてうつむいていましたっけ。。かわいかったなあ
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
と、あるひのこと、、私は期末の書類づくりで数時間事務をした後
誰も迎えに来ないので気づかずに、、
そうだ、部活日だったっけと6時近くになってたけど、思い出して部室に行ってみた。
するとそこにはもうみんな帰った後で智代だけが残っていた。
「ああ、どうしたの?」ってきくと、
「ちょっと、やる宿題があって家帰っても仕方ないんで、ここでやってたんです」とのこと、
「ああ、そう今日は事務がいっぱいあって、こられなくって、、もう肩が凝って、、」
そういうと、、、、智代は「私、肩コリのほぐし方知ってるんです、やったげるわ」
といって座ってる私の後ろに回って肩をもんでくれた、しなやかな柔らかい女子高生の手でもまれるとすごい気持ちが良かったが、、、、、、
それよりも、時々私の肩に触れる意外に大きな彼女の胸のふくらみが、、麻酔のように気持ちがよくって、、、
あ?
アブナイ、危ない。
「ああ、もういいよ、ありがとう、楽になったよ」といって私は立ち上がりました。
振り向くとあの普段はボーイッシュな 智代が、、女性の顔になっていて、、、、、
真剣に私を見つめる彼女のつぶらな瞳が何かを訴えかけていた。
「先生、私のこと好き?」そういってるかのように、、、。
でも?
「もちろん好きだよ、、交際しようか?」ってそんなこと絶対言えるわけないでしょ?
でも、、、かわいかったなあ。
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
また、、とある活動日、、
私が放課後部室に行くと、
幸代と文子が何やら部室でノート交換していた、、
「なにしてるの」、、と、、私が言うとぎょっとして振り向きましたが、、
二人で顔を見合わせて、、
「赤ちゃんの作り方お勉強してたんです、なあんちゃって。」
というギャグ?
私も返す言葉もなくて唖然でした。実際もんだい、世の中には、、女子高生と赤ちゃん作っちゃった事件教師もいるわけでして、、、そういう事件が三面記事にたまに出るのですから、、
露見すれば、当然免職で、クビ、、、
女生徒の人生も台無しで、、、自分の一生も彼女の人生も台無しに、
でも?
17才の女子高生ではもう十分赤ちゃん作れる「女性」ですから、女としてみちゃったら?
女として恋しちゃったら??、怖いですよね?
そもそも、、、
女性としてみてはいけないわけです、生徒、イコール、商売道具、
たとえは悪いですが、、芸者置屋の主人がお抱えの芸子(芸妓)に手を出してたら商売にならないでしょ?
キャバクラ経営者がキャバクラ嬢に手を出してら商売になりません。
貴方は教師です、そして、、
女子高生は商売道具です。手を出したら完全にアウトです。
ま、、そういうことです。
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
さて、、、、、、、、本校の
学園祭でフォークダンスというのがあるんですよね。
フィナーレの
フォークダンスの集いです。、
そこでは教師も一緒におどるんですが
たまたま?私は真美子とカップルに、
見つめあう二人の視線、意外と大人っぽい彼女の体。
二人の握った手と手は、、まるで
触れ合う瞬間、、手が電気のようにしびれて、、、
私の手をしっかり握り返してきたあの子の純情。
見つめあうつぶらな瞳
、、、、、、、、、、忘れられない。
真美子はすごい純情で,あまり私をからかったりしませんでしたね
部長で、、私にもまじめに?接して、でも雑談(世間話)は結構、弾んだことを覚えています。
そこにいるだけで、もう自然と気が合って、、親密?な疑似新婚さん?って感じでした。
その雑談の折、、普通の笑顔が、ふとした瞬間、凄いまじめなつぶらな瞳になり、マジマジと私を見つめてきて、、
その訴えるような瞳に、「先生も私の事好きなんでしょ?私も先生のこと大好きだよ」
思わず私は吸い込まれるようで、
吾を忘れて真美子をきつく抱きすくめたい衝動にかられるのでした。、
その瞬間は、あっという間に消えておそらく数秒?
もとの普通の笑顔に戻るのでした。勿論私が真美子を現実に、抱きすくめたりしてないのは当然でした、
ほんの瞬間です。
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
また、、とある日の部活動日。
私がふらりと部室に入ってゆくと、、、
「ねえねえ、あたし、今日、アンネの日なのよ、
だから痛み止め飲んで早く帰るね。」
久美子と法子がそんな会話をしていました。
法子はそのまま、そそくさと帰ってゆきました。
「やだあ、、せんせ きいてたの?
おんなの子のヒ、、ミ、、ツ、、、を?」
といって久美子は意味ありげに、怒った顔をしたのです。
こういう風に久美子はすごいあけすけな言動の子でしたよ
私は当時はまったく無知でしたが、、やがてわかりましたが、、。
いま生理のことを「アンネの日」なんていわないでしょう?
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
またとある日
部室で何の拍子か?椅子取りゲームしよう、、っていうことに、、
いま覚えていませんが多分??何かの順番を決める
多分老人ホーム慰問の出し物の順番???
音楽もなし、部長が「止まれ」っていうだけの、まあ、ずぼらな椅子取りゲーム??
7人と私で椅子をまあるくして始めたのですが。。。
椅子の取り合いで女生徒ともつれてぶつかって、、
一つの椅子で女子高生のお尻が私にぶつかったり
体が触れまくって、、楽しくないはずがありませんよね??
次第に減って私と幸代と文子だけに、
二つの椅子を掛けて、、
私と、文子が座れました。
すると悔しそうに幸代が
「私、、せんせのお膝の上に座りそうになったから遠慮したのに、、」
私だって、、幸代なら膝にのせてみたかった?ですよ、
デビューしたころの畑中葉子に似てる、、とても、かわいい子なんですよ。
最後の椅子は、、私はあの幸代の言葉に酔いしれていて?
うわの空で勝ちを、文子に自然と譲っていましたね。
え? ああ、、そうそう
私は教師でしたよね?しっかりしろよ、
アブナイ アブナイ。
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
それと、、なんでだか、わからないんだけど、、、
良く、、腕相撲とか、、しましたね。
私が勝つに決まってるのに?「腕相撲しよう」、、っていうんですよ。
意味不明ですよね?
これはいま思うと、、勝ち負けじゃなくって、、ようするに、
私との
スキンシップが目当てだったんでしょうね。
なんというか挨拶のハグみたいなものでしょうか?
手を握ると、、かわいい顔がすぐ目の前にある、、、。
それぞれみんな手の感触が違って、、
デモもう、、、握ると、、いとおしくって??
これ、、、ヤバいですよね?
そうそう、あれですよ、ほら、猿山で毛づくろい(グルーミング)とかするじゃないですか?
あれって実用でやってるわけじゃなくって、猿が群れの順位を確認しあって、、連帯を強めるっていう行為でしょ?
ああ、、正にあれですよ。この腕相撲って。 たぶん???
手を握ったすぐ目の前にかわいい顔がある。
つやつやの髪の毛からは洗い立てのシャンプーの匂いが、、、ほのかに、、、
吐息も感じる。胸のふくらみも、、17歳の花も盛りの、ピチピチの女子高生がすぐ目の前にいる。
みんなかわいくって、7人の個性も違う女子高生が、、。
これは危険すぎるでしょう。23才の青年独身教師には。
私は、
ふとあの、、本校の卒業生と結婚した同僚先生B先生の、私へのアドバイス↓を思い出しました。
今振り返ると、もしかしたら?これって彼女たちが仕組んだ?「嫁選び」「お見合い」?だったんじゃないだろうか?
その後ろには当然?あの老練な?桜岡先生が糸を引いて画策?していたりして、、???
彼女たちだって先輩の卒業生が本校の先生と幸せに結婚してるって実例が6例もあるってのを知ってるわけですよ。
「だったら私も、、」って思っても不思議はないでしょう。
別に大学進学校でもないし、、これから東大目指す?はずもないし、、
あの先輩卒業生たちのように卒業後の夏休みに先生と結婚したって
何の不都合もないわけですから。むしろこんな田舎で教師妻になれば勝ち組ですよ、。
ああ、そうだったんだ、、、今になってみれば納得できました。
まあ23歳のひよっこ非常勤講師には当時は全く分かりませんでしたがね
なんで彼女たちこんな妙な態度するんだろう?って?
当時わかっていれば、、私はこのうちの誰か一人をある日、たいいくかんの裏にそっと呼び出して
「君のことが好きだ、卒業したらつきあってくれない?でもほかの子には秘密だよ
いまは生徒と教師だから、、、卒業まで我慢しようね」
って多分?言ってたでしょうね?
そしたら多分その子はつぶらな瞳で「うん」って大きくうなづいたのでしょう。
だって?それを待ってたんですから。
そして、その子は、「私もあの先輩卒業生のように卒業後の夏休みに、けっこんだあ」、、、、、と、
嬉しさをかみしめて、、、、
「じゃあ在学中はプラトニックで我慢してあの卒業生のように、自分もばれないようにしよう」、、と心に決めたはずです?
、、、、、、、、、と、?
おいおい、、待てよ、、それってまた記憶混濁老人の妄想か?
いい加減、、、そういう老人の「女子高生妄想」はやめろよ。
それにしても、、、こういうことってこういう一般女子高だけの特異現象だと思いますね。
例えばこの県でもぴか一の受験女子G高があるんですけど、その75年の歴史で教師が卒業生と卒業後の夏休みに結婚した、、なんて皆無ですもの。あり得ません。
それどころかいっさい卒業生と結婚した事例も皆無です。あり得ないんですよ、
当然ですよね。東大や京大に毎年2桁の入学生を出してるこの地方の名門女子高ですよ。
三流大学出の「教師にしか」なれなかった男(それって私のこと?)になんか興味はありませんよ。
ああ、、でも、、、、そして、、、そして、、、妄想老人の思い出は膨らんで、、、
それから、、、それから、、、、思い出は尽きない、、、、、
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
夏休みを利用した老人ホーム慰問の帰りに、寄り道して遊園地で食べたソフトクリーム。
環境美化活動 献血車来校時のお手伝い
文化祭のバザー
年末の街頭募金のこと、、、白い息を吐いていた女性徒
救急法講習会 人工呼吸は胸を手でおして、口をつけて?
慰問の歌・出し物の練習 かわいい歌だったなあ、「おお、ブレネリ」、「森のくまさん」、、とか、、
ああそういえば、、「プルタブ集め」なんてやってましたよね?
それから「ベルマーク集め」、、、も、してましたよね。
ベルマーク集めを呼び掛けたり、集まったものを整理したり、
結構大変なんですよね。たしか?PTAが中心でやっていて、それをNSJクラブとかほかの文化部もお手伝いだったと思いますよ、
あれって今でもあるんでしょうか???
かわいい、かわいい、、
なぜか?私に妙に?なついた少女たち、、、、、、、、、、、、、。
まるで妖精か 女神様か
7人の、、、、、、、、、17才~18才のかわいい少女たちとのいろんな思いで、、、。
23才の若い独身の自分と
17才のうるわしい7人の個性が違うかわいい少女たち。
これ、どうなりますか?
皆、、私になついてるんですよ。声をかければ、すぐ、ついてきそうなんですよ?
そういう雰囲気、、全開なんですよ??
いや待てよ、、それってさあ、、あくまでもお前の、、妄想だろ?
デモ、、すごい、なれなれしいし、私に、何かにつけては、触ってきたり、、
見つめれば笑顔になるし、、そしてあの懐っこい、甘えたしゃべり方。
どう見ても普通じゃないんですよ、
他の、、この部活以外の女子高生とも日々授業とかで接してるわけですが、、、
その子たちはごく普通ですもの、他人行儀というか、、冷静でまったく普通ですよ。
私に、笑顔を作ったりしないし、私に触ってきたりしないし、、猫なで声も出さないし、、
会話もごく普通ですよ。
今振り返って思えば 多分7人の女子がすでに、私を取り巻いてるっていうことを知っていたから、ほかの女子は手出しはできなかった?。というのもあった?のでしょうね。
だから、、ほかの子は私に対して「普通」だったのです。
この親愛行為?、、私の呼びかけを待ってる?としか思えないでしょ?
でも、、、仮に、、どっかの学校であったような実際の事件のように、、、、
その事件は、、男の若い臨時教師が、なんと、5人の女生徒に次々に「好きだ、将来結婚しよう」
といっては、信用させて? 郊外で、、アパートで、、あるいは車で、、、関係して、、、
妊娠させてしまったというひどい事件がありましたよね?
まさに、、、もしも、、私があの、一人一人にそっと声をかけて、、
「君だけが好きだよ、、秘密にして、、卒業したら結婚しようね」などと誘えば
多分? ついてきたでしょうね?
下手すりゃあ、あの事件教師のように、、全員と関係して妊娠?
なんていう大惨事になる可能性だってあったんですよ。?
でももちろん、私はそうならない自信が、自制心がありました。「女生徒には絶対に手を出さない」という教師としての当然の、自負心、セオリーがあったので、
(でも???妄想だけはまあ勘弁して大目に見てくださいね、実際行動ではないのでね)
だから??桜岡先生は長年の勘?で私を見抜いて?私にクラブを、、女生徒を任せたのでしょう。
この先生(私のこと)なら、あの6人の、、もと生徒を妻にした本校先生のように在学中は自制して手を出して大騒ぎなどはひきおこさないで、だれかそっと選んで、在学中は約束だけしておいて、プラトニックで卒業まで我慢して?
卒業後に、めでたく本校7人目の女生徒(卒業生)とのハッピー・ウエディング???
なんだ その妄想 いい加減、、妄想は、もう、、やめようよ。
イヤ、、でも、、今から思うと、桜岡先生、、私への言動の端々から、、かなり企んでいたと思いますよ。
ああ
ほんと受験校じゃあない女子高は若い独身の、、それなりにイケメン?でなくっても十人並みの男教師にとっては危険ゾーンですよね。
私だって一歩間違えれば、そういう事件教師??になった可能性あり、、ですよね。
といって、おじいちゃん教師だけを女子高に送る、、ってわけにもいかないしね?
でも?17才の女子高生ってまだコドモですよ。そんな子供が、、、
それが卒業後といえど18才で私の妻になる??出産育児食事家事掃除洗濯近所づきあい出来ますか?18の小娘に、、、それって、ムリでしょ。
まあ、、でも、、それ(18で結婚)はあくまでもこういう学校でのお話、、、大学受験女子高ではありえないですけどね。
例えば、県下一の受験女子G高校ではマジあり得ないです。
そもそも、大学目当てに来てるのに田舎教師と恋愛ごっこなんてあり得ないのです。
卒業してすぐの夏休みに教師と結婚???マジ。無いです。
それに反して、、この私立女子高校では。
卒業したその夏にですよ、早くも、元生徒と先生が結婚なんて実際、「実話」、であったんですからね。。恋しくて?待ちきれなかったんでしょうね?
それに、、先ほどから繰り返し述べているように、、卒業後の夏休みにではないですけど、、、、、1年後以降くらいですけど、、、
実際この女子高の教師6人が本校卒業生と結婚してるという、「じじつ」があるんですよ。
私なんか、その、おひとりのB先生から、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
「佐藤先生、気になる子いない?もしいたら、
今から目星つけておいて在学中は絶対ダメだから卒業したら付き合って結婚したら良いよ
本校の女生徒はみんなよい子だよ」
なんてご丁寧にアドバイスまで受けたんですから。これって、、、どうよ??でしょ?
その先生は温厚な感じでとてもよい人でしたよ、私はズバリ「生徒と結婚ってどうですか?」って聞いてみました、
すると
「うーん、はじめは、ままごと みたいだったね、花嫁道具以外にも、彼女が集めていたという
可愛いぬいぐるみをいっぱい持参したりしてね、正直大丈夫かな?って思ったよ、でもすぐ妻らしくなって結構大丈夫だから心配しないで」といわれましたものね。B先生この子を愛してフォローしてあげたんでしょうね?
私は、、つい、、、「妄想」してしまいました?
新婚初夜になり、、かわいいぬいぐるみだらけのおいてあるドリームな寝室で、まだ18歳の幼な妻のあどけなさの残る新鮮な肉体を初めて?抱きしめるって、、、、、
どうよ?って。これって、、もう、、ヤバいでしょ?かわいくてたまらないでしょ?
処女の新妻は裸身を横たえて「恥ずかしい、見ないで」、っていうだろう、そっと抱きしめると
幼な妻は「私だけを愛してね、ずっとずっと愛してね」、、って可愛く言うだろう?
でも?これって? 結婚してるから許されますが、、、 未成年と?、セックスって、モロ犯罪行為??ですよね?18才、子供でしょ?家事・育児できますか、近所づきあい親戚づきあいできますか。18歳の子にそれをさせるって、、ある意味可愛そうですよね。
1970年に公開された映画、「おさな妻」原作、富島健夫、
あの主演の関根恵子の17歳の白い裸身が目にちらついてしまいましたね、
このとき関根恵子は、実は、、本当は15才でした!
あ? いけない いけない、。こんな妄想はやめろよ。(↑この妄想部分は削除してください。)
さて、、
こういう私立の、、しかもごく普通の女子校では、、はっきり言って、卒業したら生徒は、
就職は工場か店員か、
、それとも
いい男見つけてさっさと18歳で結婚か、、っていう
そういうような高校ですよ、大学なんか行きませんよ。手仕事の専門学校へ行く子は少しだけいますが、、、。
だから女生徒のほうだってもしも独身教師から「卒業したら結婚しよう」って告白されたら
内心は、もう、即OKなんですよ。
だって先輩に
そういう教師と結婚して、幸せに今でも暮らしてるという卒業生の実例がいっぱい?あるわけですから。
別になんら不思議ではないのです。
「折あらば自分だって」、、という気が女生徒には満々なんですよ。
だから別に私だって、真美子か久美子に、
そういう告白をそっとしたら?
「好きだよ、交際しよう、でも在学中は秘密にして、、卒業まで我慢しようね」
なんて言ったら?
大きな瞳で「うん」ってうなづいたんじゃないでしょうか?
多分OKだったんじゃないでしょうか?
いまにして思えば、、私も、、そうすりゃあよかったと、、内心思ったりしているのです。
でもこれって、、
40年も前のオハナシですよ。
もうなんというか、、いまさらふりかえってみても、、ファンタジーというか
幻想というか
もう、、全く現実感はないですけどね。
在学中に約束しておいて、絶対秘密にしておいて、、もちろん肉体関係など絶対しないで、
我慢して??卒業後にお付き合いして、夏休みに晴れて結婚、
23歳の独身教師と18歳の女子高生(卒業生)の純愛が実ったのです?
そういう現実の実話・実例が本校では、6例もあるのですから。
ああ、、私もそうなればよかったのかもしれない、というか、、そうしたかった??
そうすれば?良かった?
そして、
今頃は、、一人娘の久美子の、、土建屋の社長か?
あるいは
とある温泉旅館の一人娘の真美子の、 旅館の専務か?
え? おまえさあ、、、、、、
いい加減、そういう「妄想」はやめろって?
そうですよね
正に記憶喪失?老人の妄想の極みですよね。
デモ今こうして老いさらばえて
異郷で、、こうして、、、
孤独にいると、、、
なぜ、そうしなかったのかと
悔やまれて仕方がないんですよ。
ああ
あの好機を
私はなぜつかまなかったのかとね。
さっきも書いたように彼女達もそれを待っていたのに?
桜岡先生も、かげながら?私を信用して応援?していろいろと画策?してたのに?
そして、、、
あの卒業生と結婚した先輩教師B先生も、、多分?私なら大丈夫そうだからと、みこんで?あんなアドバイスまでしてくれたのに、、、
女生徒たちだって
そういう先輩(卒業生)がいて幸せに先生の妻として、暮らしてる実例を知ってるんですよ。
鈍感?な私はそれがわからなかった?のです。
けっきょく私は、だれにも声をかけず
だから、、、彼女たちは多分?失望してそのまま、本校を去って(卒業して)いったんでしょうね。?
彼女たちは、きっと心の中で、こう思ったんでしょうね。
「先生は結局、この中の誰にも「約束」も「求婚」もしなかった。誰も選ばなかった、だから、あきらめるしかないんだ、、、、」ってね。?
私のかわいい7人のファンクラブ?
なぜか?私に妙になついてくれて、、、今思えば、、おそらくは、女生徒に、、そういう、、、
先生の奥さんになった先輩のようになりたいという「下心」??があったからこそ、妙になれなれしく、なついたんでしょうね
でも、、私は結局、、誰にも声をかけずに、約束もせず、、皆、2年後には普通に?卒業してゆきました。
そしてそれぞれ就職してゆきました
私はおろかにも?本校の伝統を?知らずに??誰にも告白なんてしなかったし、、、
「卒業したら、、つきあおうね」 なんて全く言ってないし、、、
だから、、卒業後は、、彼女らから音沙汰なしですよ、当然ですよね、
私はその年に、、つまり彼女たちが卒業したほぼ半年後に、思うところあって、、非常勤教師を辞めて、、別の、、他県での教育関連の?お仕事に、、、、、。、
当時の本校校長に、、正規教員に採用しよう、というお誘いまでも断って、、、。
そうして、
しぜんと、このかわいい少女たちとも完全に縁は切れたのです。
みなそれぞれ就職してゆきました。
大学受験する子なんていません。そんな受験高校じゃあ、ないんですからね
卒業が近づいたある日
女生徒たちの、その中の久美子が代表?で、、
わたしを給湯室に呼び出して、、こんなことを言ってきました。
「先生?ほんとは先生、、このなかで誰が一番好きだったんですか?」
「え?、、誰が好きって??、、みんな好きだよ。」
「そうですよね。こんなみんなの前でこの子だけが好きなんて言えませんよね。
デモそれじゃああたしたち困るんです、はっきりしてもらわないとすっきりして卒業したいんです」
「でも、、僕は教師で、、きみたちは生徒だよ、この子だけ好きだなんて言えるわけないよね?」
「そうよね、、先生は平等にみんなが好きだった、それ以上ではなかった、、そうよね」
久美子は、、そのあとは無言で、、その場から、、去ってゆきました、、。
わたしの煮え切らない態度に、、彼女たちは「ねえ、、この中で誰か告白された?」って確認しあったのでしょう。多分。卒業も近いのに誰にも約束しない、私に業を煮やした彼女たちはさっきのように久美子に頼んで、
わたしを問いただすしかなかったのでしょうね?
「いったいこの先生はなんて鈍感なんだろう。
わたしたちがずっとアピールしてるのに、無反応?って何考えてるんだろう?この先生?」
卒業前日、、、
7人みんなに、色紙?みたいのを書いてあげたっけ。
「せんせ、何か思い出に書いて」って寂しそうな顔で、言われて、持ってきたので、
いまはもうドンなことを書いたか記憶もありませんが。
彼女らとは、、在学中に「卒業したら交際?結婚?しよう」などと約束してたわけでもないし、、
卒業で、、しぜんと、、音信不通になりましたね。まあそれが、、当然でしょう。
まあ当然の成り行きです。
そして私はたった2年の、あくまでも臨時の非常勤だから?そのごの同窓会の連絡もまったくこないのです。
女生徒と卒業時にメルアド交換???? 40年前にそんなもの存在しませんよ、
多分そのご、、7人はそれぞれやがて素敵な彼氏ができて結婚したのでしょう。
みんなそれぞれ,、女性的に十分素晴らしかった女性ですから
でも、、縁が切れてみると、、なんかすごい寂しくてたまらなかったですね
卒業後の部室にいっても、、
もう部活にいっても誰もいない。あんなに楽しかったのに、、
彼女たちが卒業半年前に新しく新入部員が6人、入ってくれて、というか桜岡先生が、かき集めてきて、このクラブが消滅の危機はなくなりましたが、
この新人たち、6人は、私にまるでなつかないし?、
すごい他人行儀で(まあそれが普通です)この6人は、まったくつまらなかったです。
皆、普通にかわいい子でしたが、普通の態度です。普通のしゃべり方です。
事務的な会話です。
「せんせー」なんて甘え声で、色目を使ったり、全くしません。
まあ、でもそれが普通の女子高生の当然でしょうね。
ということは?
あの7人が変?だったんですよ。妙になついてきて、、、。
まあ、今思えば、、おそらく?老練な桜岡先生の指令?指図?が、、きっと、、女生徒たちにあったんでしょうね?だって部員の女子のことを「卒業したらきっと素敵なお嫁さん候補」
とか私に意味ありげに、言ってるんですよ、これってどうよ、、ですよね??
ぶっちゃけて今風に言うと、、、、、、、、、
「あの先生はねらい目よ、あなたたちも、、、本校の先生と結婚した先輩卒業生みたいに、
あの先生を狙ってみたら?」
そういう指令が多分?? まさか???そんな???
おいおい また 記憶混迷老人の妄想かよ。そういう妄想やめてくれないかなあ。
新入部員が来てからはあの7人のあからさまな私への親密態度も、あまり露骨には、ならなくなりましたが、、、。3年2学期からは部活にもあまり出てこなくなりましたしね、
笑顔や会話は今まで通りの親密さ?でしたが、、、、、、、、、、、、、。
不思議といえば不思議ですよね。、不思議となついて、、妹みたいにじゃれて、、
こんなの普通ないですよね。当時は原因がわかりませんでした、わたしがすごいイケメン?だったというほどでもないし、、まあでも、普通に10人並みの青年だったとは思いますが。
身長も179センチありましたし、、、顔も10人並みだったし?体型もスマートだったし、、。
性格も自分で、いうのもなんですが、、、良いし??
当時は、それにしても?なぜ?一体なんであんなに私になついたんだろう?って、
でも40年後つらつら振り返ってみれば、、、その理由は今書いたように↑そういう理由だったんでしょうね。たぶん??
その理由は、、、「卒業したらきっと素敵なお嫁さん候補」というね。
多分それが理由↑だったのでしょうね、
デモ、、、だからといって?
みょうに?なついてきたのは、もう、「神の計らい」とでもいうしかないですよね?
考えてもみてください、
桜岡先生がいくら女生徒たちに、あの先生(私)は、ねらい目だから?
ムリになつけ?と言われたって女性徒だって好み?があるわけで、、、教員ならだれでもいいというはずないですから。私がイヤな教師なら女性徒だっていやなわけですからね。
イヤな教師の妻になんかなりたくもないですよね、。
ところがたぶん?
偶然にも?私が7人の女生徒たちの好みに合致した?眼鏡にかなった?
あの23才の先生(私です)なら卒業後の夏休みに花嫁になってもいいかも?、、という。
、、、、、、、、、、、、神の計らい?があったのでしょうね。
「好きになるのに理由なんかいらない、会ったその時から、心はもう決まっている、、、、」
そういうせっかくの神の好機を?
それなのに、、私は愚かにも?そのチャンスを生かせなかった?気が付かなかった?
ということです。
「先生だって私のこと好きなんでしょ?」
そうです、その通りです。でも好きだなんて教師が在学生に絶対言えませんよね。いいえ
そんなこと口が裂けてもいってはいけないのです。
でもそうはいっても、、もう卒業後の、
喪失感は半端なかったです。
といって、いまさら私がこの子たちの誰かに手紙なんて書けますか?用もないのに電話できますか?あくまでも、部活のつながりであって、、彼女たちの担任とかじゃあないですよ。
メール?SNS?ツイッター?ライン???
そんなもの、当時はありませんよ、黒電話しかないですよ。
こんなことならいっそ在学中に「卒業後にもどっかで逢わない」とでも、誰か一人にでも、約束しておけばよかったなんて思ったりさえしましたものね。
あんなに和気あいあいとして戯れていた7人が、ごっそりいなくなるんですから、そりゃあさびしいですよ。
ああ、できることならあの状態が、永遠に続いてほしかったのに?、、、、、、、、、、、、
でも?
実は?
、、、、、、、、、、、、、、、一人だけ、、卒業後にも、、手紙をくれる子がいました。
それは、、、、、、、、、、、、、真美子でした。
当時はスマホもメールもありません。
伝達手段で、、あるのは手紙だけです。
電話?たって?携帯なんてないですよ
黒電話だけですよ。それでいきなり?電話できないでしょ?
それは、、、3月7日の卒業式後、、、、2か月ほどして送られてきました。
花柄のかわいい封筒に、、封印はピンクのハートのシールで、、、
「先生お元気ですか?私はK町のBデパートに就職しました、今は仕事を覚えるのに必死です。
女子高時代がすごく懐かしいです。先生、実はお会いしてどうしても話したいことがあるのです
ぜひお会いできませんか?」
そんな文面だったと記憶している。多分彼女なりの「交際したい」?という控えめの意思表示?だったのかもしれない?
だって私の方からは彼女に何の意思表示もしなかったんだから、
(本音は、わたしも、彼女になら、約束したかったが教師として気持ちは押さえていた?)
いきなり、、、彼女の方から「在学中好きでした。卒業したので付き合ってください」
なんて書けませんよね?彼女、、、とっても純情な子でしたから、、。
断られるのも怖いだろうし、、、真美子は、、それは、、奥ゆかしい子だったし、、、だから、
例えば、、わざわざ、ようもないのに?学校にまで、卒業後に、私に会いに来る、、ってのも、、変でしょうしね。
だから、、手紙で、、さりげない文面で、私に、「探り」?を入れたのだと思います。
そうでなきゃあ、わざわざ、なんで、これといって用事もないのに、私なんかに卒業後に、あえて?手紙なんか出しますか?年賀状くらいはは在学中に、7人の子からかわいいのをもらった記憶はありますが、、。
卒業後ですよ、
彼女の担任ではないですよ。私は。彼女とは、部活だけの付き合いですよ。
その理由↓以外に、私にわざわざ手紙、出す理由なんてないんですよ。
「ずっと好きでした、交際してほしい」そういう意味なんですよ?、それ以外にないでしょ?
でも、、
私は当時、他県の、転職のしごと探しで、これからの人生選択でほんろうされて、気持ちが不安定で、
そんな彼女の純情にはつきあいきれずに?、、、、、
ついつい、、、放置して返信は出さずじまいだったっけ。
けっきょく返事を出さずに、、私は6か月後には転職して本校を去り、、遠い他県に、、。
転居先を彼女に知らせるはずもないし、、、
そして、、、それっきり、、、、
手紙も来なくなったのだった。
その手紙ですか?今は紛失してありませんけどね。
でも?
あの時、もしも私が、アノ花柄の封筒のかわいい手紙に、返事を書いていたら?
「じゃあ、今度どこそこの喫茶店で逢いませんか?」などとかいていたら?
そして、そのご、喫茶店で逢って、田村英里子に少し似てる、かわいいあの顔を見たら、
制服じゃあない、かわいいブラウスのちょっと大人びた髪型に変えた薄化粧もして
19歳になったばかりのちょっとオトナの彼女を見たら?
もう私だって
「君だけがホントは好きだったけど先生だったから言えなかったんだ」って、そりゃあ、言っちゃいますよ、
真美子もにっこりして「私も、、」って答えるだろう。
かわいくてちょっと大人っぽい雰囲気もある、真美子。
喫茶店から出て、私の車でデート・スポットの展望台へ、、そこで初めての甘いキス。
その後、、何度かデートを繰り返し、やがて、正式に男女の関係になり、、真美子の実家にもあいさつに行き、、、ほどなくして 多分 真美子は私の妻になったと
確信を持って言えますね。18歳と23歳の新婚夫婦、まるで、おままごとのような、私たちのアパートでの、あどけない甘い新婚夫婦生活、
ああ、、、老人の妄想は尽きません、
今思えば、そうすればよかった、?と、本当に、悔やまれます、
でも?結果的に、、私は返事を出さなかったということです。。なぜ?
多分、、若さゆえの無知?だったと??、そういうことです。
でも、、それって、、今から振り返ってみれば多分私の心の中に、こういう、以下のような、まじめな、ささやき?も、あったと思うんですよ。
こんなまだ未成年の子供と、男女関係?っていう、、なんというか、、一抹の罪悪感??
まして18歳の子と結婚??夫婦になる?それって駄目でしょ?
教え子ですよ、つい昨日まで生徒ですよ。これって駄目でしょ?
かわいいけれど、、まだ子供ですよ。妻じゃないでしょ?
これってまあ、、妹?でしょ?
いくらかわいくても妹みたいなのを、抱けますか?妻にできますか?ダメでしょ?
いずれもっと大人の成熟した女性が私の前に現れるだろう、その人が結婚相手でしょ、という思いこみ?があったということです。
ほんとに昨日まで制服の女子高生だった教え子の「少女」と交際なんかして、
ということは、当然、性関係もあったりして、良いんだろうか?だめだろ?
という良心?の心のささやきが、、、
あんな、つい昨日まで制服着ていた、、まあ言ってみればまだまだ子供ですよ。
そんな小娘とセックス?、結婚?、、、、ダメでしょう?
そんな子を、、抱いていいのだろうか?という、うしろめたさ?
そういうためらいもあったのです。、
私は、、、そのころは、、自分が27歳くらいで、、そして相手の女性は、少なくとも23歳以上くらいの大人の女性で、
そういう、オトナの恋愛関係・性関係?結婚しか、イメージとして描けませんでしたからね、
まだ子供の、そんな昨日まで女子高生だった教え子だった18歳の小娘と、、真剣交際???男女関係?セックスなんて、、それって、モロ「犯罪」でしょ?
という私の良心?のささやきがあったのです。
というわけで、、多分、返信することがためらわれたのだと、今ではそう理解して、、そう思っています。
まあ、、でも、今こうして40年たった今、、振り返って思えばそんな
浅はかな?そんな良心?だかなんだかに従わずに
もっと素直に、好きだという自然な感情に従うべきだったのですね。
まあ、、もう完全に、、手遅れですけど、
あれほど手紙までくれて、、私にアプローチしてくれたのにそれを私はおろかにも無視してしまった、なぜ?まあ、今思えば私が、ばかだったということです。
だって結論から言っちゃうと、、その後私の前には、結婚にいたるような女性って、
結局、、現れなかったからです。
あの子たちのなかから今生では相手を、、伴侶を、、選ぶようにホントは神が仕組んでおいたのでしょう、、、、多分?
でも愚かな?私はもっと他にオトナの女性がその後、現れると信じこんていた。
だからかわいい彼女たちのなかから、選ばなかった、、、、、、、選べなかった、、
でもその後の現実はそうじゃなかった、、ということだったのです。
多分その後、真美子は、、あんな可愛い素敵な女性ですから職場で素敵な男性と恋に落ちて結婚したのでしょうね?
今思えば悔やんでも悔やみきれない私の後悔ですが、、すべてはもう手遅れなのです。
だから、、、、、
皆さんもどうか私のようなこんな愚かなことをしないで、もしも運命の神があなたに
あなたのために素敵な果実を差し出したら、くだらない良心?とか、教員だからだとか、のささやきなんか無視?してためらわずにそれを受け取ってくださいね。
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
ここから以下は、、 まあ、妄想老人の よけいな つけ足しになりますが、、、、、
いま、、老人になった私が、冷静になって、、、その辺の未成年女子との結婚事情を科学的に?考察してみると、、
早すぎるセックスって生理学的にも社会学的にも、良くないという事実でしょうね。
例えば、、
中学生でセックス、妊娠、出産なんてまだ未熟な母体には害悪以外の何物でもないでしょう。
それに自分が母親として中学生女子が育児できますか?完全に無理でしょう。といって恋情?が抑えられないから?そうなっちゃうわけで?
それに、、、中学女子で「女の歓び」を知っちゃうってどうよ??て思いますよね。
勿論、法的にもバツですしね。
高校生女子だってそんな「女の歓び」なんかを知っちゃア、まだ早いでしょう。でも、、まあこればっかりは、、なるようになるしかならないのか?
今現在なんか小学生で初体験???
中学生で援助交際?だそうですからね???
女子高生でオトコ経験30人だそうですよ.ウソか誠か???
、、、、、、、、、、、、、時代遅れの老人にはもうついてゆけませんよ、
でも、
たとえ同意のうえで、愛していたとしても、未成年セックスは良くないですよ、
というか刑法違反です、ましてや、これがもしも性被害だったら最悪ですよね、
中学生って、自分自身が、、まるでコドモなんですよ。そんな、お子様が、セックスはできても、
出産して育児??子供を育てる?、、、、、、、、、、あり得ませんよね。
ムリも、無理ですよね。
一応は16才で結婚可能ですが、16歳で妊娠・出産って、。無理でしょう?
可愛そうですよ、
、、18才19才でも出産・育児はやめた方が良いですよ。子育てなんて18才の小娘にできませんよ、。そりゃあもう大変なんですから。
最低でも20歳以上で出産、私はそう思いますね。、18~19歳での出産でも早すぎる、と、思いますよ。
やはり、早すぎる出産は育児面でも母体面でも精神的にも良くないですよ。
できれば、、完全に母体として成熟した23歳以上の出産が良いと私は思いますけどね。
だからもしもそこのあなたが、仮に18歳の彼女と結婚したら、4~5年は二人で旅行、行ったり、趣味したり、
楽しく遊んで バースコントロ-ルして、、、
妊娠・出産は22歳以降にした方が良いですよ。
あ?
ということは私も、真美子と18歳で結婚して、、そうすりゃあよかっただけの話ですよね?
そこまで考えもしませんでした、当時は、、、、、、。
わたしも、ばかでしたよね?
幻想の彼女はこうささやいているのに、、、
「本当は私の事好きなくせになんで私をしっかり捕まえないの?本当は私のことが欲しいんでしょ?お馬鹿さんな先生ね?私だって先生の事大好きなのに、私はこうしてそれを待ってるのに、、なんで?そうしないの」
だが、、じつは?多層異次元世界(別のパラレルワールド)では私と真美子は結婚していて、子供も3人出来てしあわせな生活を送って居るのです、。
その世界では、先ほどの喫茶店での再会や、告白や、ファーストキスや初体験や、彼女が持参したかわいいぬいぐるみコレクションに囲まれた甘い「ままごと新婚性生活」やが、すべて真実なのです。
ところで、、
「恋心」「性欲」、というものは男女とも12~3歳から、萌し始めますから、、
あの「アンネの日記」にも13歳の時の記述で、性の目覚めについて書かれているところが
ありますものね。
初恋って12歳くらいが多いんじゃないですか?でもそこでまあセックスに突っ走らないで、まあプラトニックで最低でも18才くらいまでは抑えた方があなたの心と身体の健全のためですけどね。
でも抑えられないから中学生妊娠とかおこっちゃうわけですけどね。
それを、、18歳まで制御・セーブするのは、、難しい?という面もありますけどね。
まあ、、、だから?そうなっちゃう、、、、、、のでしょうね。
けっきょく、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
こういうと無責任のようでしょうが、、
「人生はなるようにしかならない」ってことでしょうね。
「それが運命だった」「それが神の差配?だった」というしかないのでしょうね。
長年生きてきて、、いろんな面で、、つくづく、、このごろ、そう思いますよ。
老成して世間知がついてから、、、過去を振り返るから、、ああだこうだとおりこうさんなこといえるが、、、、、
その時は、、まだ若くって、青二才で、、そうなるしかなかったんだろうな、、ってね。
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
ああ、、、、、、、、、、、、、、、、、
あれから 気が付けば 40年が あっという間に すぎ去っていた。
その後、私の出会いといえば、友人程度の女性は、いっぱい、いたが、、、
心ときめく女性との、めぐり逢いは、、結婚に至るような出会いは、、結局、、
これといってなかった、、、、。
中には「結婚してくれ」と言われた女性もいたっけ。
でも、なんか乗り気しなかった、、、。
おぼろなあの女生徒たちの幻影が浮かんできたりしてきて、現実の目の前の
その女性と、結婚する気にはなれなかったっけ、
あの女子校のかわいい7人の女生徒はその後どんな人生を送ったのだろうか?
わたしが知る由もありません。
私はその後、、、、日々の雑事に追われて、
気が付けば仕事だけに追われる中年男に、、、
そして、やがて、、気が付けば孤独で、伴侶もなく、、、
私はすっかり老人になり、、、、いまや、、、
ただただ、、思い出に生きるだけとなってしまった。
ああ、
あの時のあの7人の女性徒たちは、、今思えば、、神が私に送ってくれた最初で最後の?
かわいい「花嫁候補」?だったんだ?、だから?私には当時、、理由もわからないのになぜか、妙に私になついてきて、、
不思議でしたものね、
しかも7人も、、どの子もみんなかわいくて、、もう選び放題?という、神様の大盤振る舞い?
でも愚かな?私はそれに気づかず?
あんな可愛い私になついていた娘たちのなかから、、たった一人すら選べなかった
選ばなかった。
見送って、、、やり過ごしてしまった。それは教師としてのモラル・自負心・プライドもあったのですが40ねんごにふりかえれば
その「若い愚かさ」?が
だから、、こうして一人ぼっちの老後を、今、私は送っている理由なのだ。
出会いは、、おそらくその時には、、偶然としかおもえなかったんだろうね。
というか教師と女生徒ですよ。ダメでしょう?これって?
でも、、ずっと後から思い返してみると決して偶然でも、だめでもなかったんだね。
それこそが本当の神が差配しておいた?出会いだったんだね。
でも
人は、浅はかにも、、それに気づかずに、、やり過ごしてしまうんだろうね。
そして何十年もたってから あの時 ああすればよかった、、と、気が付いてももう手遅れなんですよね。
だからなのだろうか?、、、、、、、、、、
いまの、
私には、もう未来はないに等しい。
あと何年生きられるのかもわからない。。
だって、、持病薬が手放せない日々なのだ。
だが そんな 干からび切った わたしの、老いた心にも
ふと、、、
あの 40年前の 7人の、かわいい女子高生との
じゃれあった?
無邪気な交歓の日々が、、ある日、、脳裏に瞬間よみがえってくると、、
その時だけは、、、
あたりが ぽっと 鮮やかに息づき、、、
まるで 今 そこで17歳の生き生きとした彼女たちと、、、、
若い青年の23歳の私とが、
嬉々として、、会話して、、無邪気にじゃれあってるような
そんな、、、、、、、、、、
気分に
一瞬だけは なるのであった。
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
おわり
※以上、亡き叔父の残された古い記録ノートより
なお,故人の遺志を尊重し。地の文章は、ほぼ原文のままですが、私が、読みやすいように、適宜、加筆あるいは、書き換えて編纂したものであることをおことわりしておきます。
なお、現在では不適当?な表現に該当する箇所があるやもしれませんがなにとぞ40年前の文章ですので、ご了承・ご容赦くださいませ。
なお冒頭にも申し上げましたように、私(編者)の加筆・加飾もありますことを再度申し上げておきます。なお、「何年前」という記述は、2020年から見たとして、私(編者)が、かきかえてあります。
付記
この物語は完全なフィクションです。人名・校名は、架空名です、
また、教師と生徒の恋愛をほめたたえたり、推奨したりする意図などは全くありませんので、どうか誤解なきようお願い申し上げます。