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ハリセン勇者

ここは癒しの森。美しい木々が生い茂り、そこにはフェアリーとエルフが共存して暮らしている。

小さなフェアリーのリップは、この森の長であるエルフのローレライ様を起こすために、ローレライの住む、森の中央部の湖の畔に来ていた。

"コンコン"

リップが玄関を戸をノックをするが返事が無い。いつものことながらリップは溜め息を漏らした。

仕方がないので、フェアリー108の特技の一つであるピッキングで玄関の戸を開けて家の中に侵入、ベッドにてパジャマ姿でだらしなく胸元をはだけさせたローレライの額をペチペチした。

「起きてくださいよ。ローレライ様。今日こそ異世界からの勇者様を召喚するんでしょ?」

「う、うぁ・・・ふぁ、リップちゃんおはよう。」

「おはようじゃないですよ。朝9時には起きてて下さいって言ったじゃないですか。もう10時半ですよ。」

「あら、そうなの?ならもう少し寝ても・・・」

「ダメです。ほら朝御飯食べて、歯を磨いて。」

リップは寝ぼけ眼のローレライを正装のドレスに着替えさせ、朝食の準備をしてあげて、更には歯も磨いてあげた。

そうしてリップはローレライを湖に出てこさせると、早速、召喚の儀式をするように促した。

「今日こそちゃんと勇者を召喚して下さいよ。この間バハムート召喚して危うく森が消し飛ぶところだったじゃないですか。」

「ちゃんと謝ったじゃない。テヘペロって。」

「それは謝った内に入りません。」

だらしがなく、うっかり屋さんなローレライにリップはウンザリしていたが、憎めないのも確かであった。

「オホン、じゃあ召喚しちゃおうかな♪」

「頼みますよ。この間、声裏返ったからバハムート出たんですからね。ちゃんと詠唱してくださいよ。」

「分かってるわよ♪心配しないで。」

全然安心できない、リップは心配で堪らなかった。

そしてローレライは湖の前で詠唱を始めた。

「地よ、火よ、水よ、風よ、矮小で非力な我々の為に、厄災を打ち払う勇気のある者をこの場に顕現させたまえ。」

ここまでは完璧。リップもホッと安堵した。あとは最後の一文を読むだけである。

「異界より来た・・・クチュン、異界より来たれ!!勇者よ!!」

「あぁ~!!なんでクシャミするの!!」

「テヘペロ♪」

テヘペロじゃねぇよ、舌引っこ抜くぞとリップは内心思ったが、湖が光り輝き出したので、そんなことを考えている余裕は無かった。

「イフリートなんか出てきたら、速効で水の聖霊呼び出して叩きのめさないと。ケルベロスとか出てこられるとキツいかな?」

色々とパターンを考えるリップ。ローレライが召喚を失敗する度に対処して鍛えられているリップは歴戦の強者の様に頼もしかった。

一時すると、湖から何者かが現れ、フワリとそれは移動して、ローレライ達の前に立った。

その姿はイフリートでも、ケルベロスでも無く、変わった赤い服を着た短髪眼鏡の若い女であった。手には何やら見慣れない一見すると武器の様な物が握られていた。

「あれっ?これはもしかして召喚成功したんじゃないですか?」

リップは人が召喚出来たことで成功を期待した。けれど詠唱は失敗しているので注意は怠るわけにはいかなかった。

「アナタはだぁれ?」

ローレライが優しくそう言うと、召喚された女が口を開いた。

「あん?何やオバハン?ウチの部屋でジャージ着て漫才の稽古しとった筈やで、それがなんで、こないなけったいな場所におんねん。」

変わった口調の喋りにローレライもリップも首を捻ったが、その反応は女を苛立たせた。

「人ジロジロ見て、何がしたいねん。てか、小さいハエ人間みたいなのおるがな。本当にここ何処や?」

リップを指差しハエ人間と言った女。リップは生まれてこの方ハエ人間呼ばわりされたことが無かったので、あまりのショックで開いた口が塞がらなかった。

「ぷっ、ハエ人間だって、ぷくく♪」

「笑うな!!」

腹の立つ笑い方をするローレライに怒りを露にして、彼女の頭に踵落としを決めるリップ。

ローレライは頭を擦りながら、とりあえず召喚した人物を家に招き入れた。



ローレライの家の中、テーブルの席に座って女に自己紹介を促すと、ペラペラと喋り始めた。

「ウチの名前は安城(あんじょう) 虎姫(とらひめ)。歳は17で高校生や。大阪育ちの大阪生まれ、もちろん好きな球団は広島カープや♪」

自己紹介をされても、大阪も広島カープも意味が分からなかったので、ローレライもリップも「へぇ、そうなんですか」としか言えなかった。それが虎姫を苛立たせた。

「アホか!!突っ込まんかい!!簡単なボケやろうが!!大阪出身で広島カープなんか好き言うわけないやろ!!全くかなわんわ!!」

怒鳴り声を上げてすっかり機嫌の悪くなった虎姫。

なんで機嫌が悪くなったのか分からないが、とりあえずローレライは喋り始めた。カンペを読みながら。

「よくぞ来ました。勇者よ。私はエルフにしてこの世界の守り神のローレライです。突然のことで・・・ん?あれ?・・・えっ~と・・・リップちゃんこれなんて読むの?」

「何でカンペを読んでんねん!!」

"パシャン!!"

突然、虎姫は右手に握っていた白い武器の様な物でローレライの頭を叩いた。この行為にリップは驚いたが、更に虎姫はハリセンを振りかぶった。

「あと漢字読めへんのかい!!」

"パシャン!!"

叩く度に快音が鳴り、ローレライの安否が心配されたが、叩かれたローレライの方は何やら恍惚の表情を浮かべていた。

「ど、どうしたんですか?ローレライ様。まさか叩かれた衝撃でバカになったんですか?」

恐る恐るローレライを心配するリップだったが、ローレライは全然大丈夫であった。

「なんかね、その白いので叩かれると痛くなくて、むしろ少し気持ち良いの。ねぇ、虎姫さん。それ何て言うの?」

「あん?これはハリセンや。古来よりツッコミに使われとる。それよりそのカンペ貸せ。オバハンの話聞くより、それ見た方が手っ取り早いわ。」

「あっ、はい。」

言われるがままローレライはカンペを差し出し、虎姫はそれをバッと奪った。そして嫌みったらしくこう言った。

「あと、この家は客人招き入れて飲み物の一つもでらんのか?」

「あっ、はい。只今用意します。」

まるで使用人の様にキビキビと飲み物の準備を始めるローレライ。世界の守り神なのに自分で召喚した女に良いように使われてしまっている。

リップはそんな風にローレライを使う虎姫にイライラしていたが、これから世界を救ってくれるかもしれない人物を怒るのも憚られて、とりあえず静観しておくことにした。

「は、はい飲み物です。」

「なんや水かいな?しけとんのぅ。」

出された飲み物に速効でケチをつけ、次に結論を述べた。

「ウチは魔王退治なんかせぇへん。早く元の世界に戻せや。」

この発言には流石にリップは黙っていられなかった。

「ちょっと!!この世界の人々がどうなっても良いの!!」

「おぉ、ハエ人間。」

「ハエ人間じゃなくて、フェアリー!!ムキッー!!」

二度もハエ人間呼ばわりされて憤慨するリップ。そんな彼女の頭をローレライは優しく撫でた。

虎姫は溜め息混じりに、自分が世界を救えない理由を淡々と語り始めた。

「大体がウチ、魔王と喧嘩なんか出来へんよ。ウチが出来るのはツッコミだけや。他は低スペックやねん。大方そこのウッカリエルフが間違えてウチを召喚したんやろ?だったらもう家に帰して下さい。ウチは漫才コンテストが今度あるのに、相方に逃げられて大変やねん。世界の平和なんて救ってる暇あったら相方探したいねん。」

切実な虎姫の言葉を聞いて、ローレライはウンウンと頷いた。

「分かりました。あなたを元の世界に帰しましょう。」

「ちょ、ローレライ様!!せっかく召喚出来たのに帰しちゃうんですか!?」

「あのね、リップちゃん。嫌がってる女の子に魔王退治なんかさせたら、どこぞのオークとかゴブリン達に『くっころ!!』させられるだけよ。だから帰してあげるのが一番が良いの。」

「そ、そうですか・・・分かりました。」

『くっころ!!』まで出されてはリップは何も言えず、虎姫を帰すことに同意した。

「なんかすいませんなぁ。でもウチにはウチの人生があるもんで。」

そう言って虎姫は喉が乾いたので、ローレライが用意したコップの中の飲み物を一気飲みした・・・すると。

「まっず!!」

ブフォ!!と口に含んだ飲み物を吐き出し、そのままバタンと椅子ごと仰向けに倒れる虎姫。心配してローレライとリップが駆け寄ると、彼女は白目を向いて泡を吹いて気絶していた。

「あらあら、どうしたのかしら?」

のん気にそんなことを言っているローレライをリップは問いただすことにした。

「何飲ませたんですか!!」

「いや、奮発してエルフに代々伝わる聖水を出したんだけど、お口に合わなかったかしら?」

「いや、それ人間には毒のヤツ!!このバカエルフ!!」

リップに怒られ、ローレライは大急ぎで解毒魔法を虎姫にかけた。あと一歩処置が遅れたら、エルフのウッカリのせいで少女の命が奪われるところであった。

暫くすると虎姫は何事も無かったように目を覚まし、両手にハリセンを持って、ローレライの顔面にぶちかました。

"スパーン!!"

今日一番の快音が鳴り、流石にこの一撃は堪えたのか、ローレライは「いた~い」と言いながら自分の顔を擦った。

「ど阿呆!!死ぬかと思ったわ!!」

虎姫の怒りはもっともであり、リップもフォローにしようがないので、粗品を渡して穏便に済ませようとした。

「どうもウチの人がすいません。あの、これつまらない物なんですけど、幸運のネックレスです。御詫びにどうぞ。」

「そんなもん要らへん。代わりにな・・・。」

すると虎姫はローレライの頭に手を置いた。

「このオバハン貰ってくわ。」

「えっ?・・・えぇ~~!?」

何故そうなったのか理解出来ないリップは、思わず八の字飛行を始めてしまった。

「えっ?私?」

当のローレライも首をかしげたが、虎姫の顔はニコニコしていた。

「こんなボケをかましてくれる相手は大阪でも居らへん。激しいツッコミが売りのウチの相方にピッタリや♪一緒に漫才しような♪」

まさかの申し出にローレライはキョトンとしていたが、代わりにリップが答弁した。

「いやいや、ダメダメ。そんな魔王退治もしないでエルフ様だけ貰っていこうとか、ダメに決まってます!!」

「誰もタダとは言うてへんで。魔王退治はしたるわ。漫才の為なら魔王の一人や二人、十人ぐらいなら余裕や♪正し、さっきも言ったけどウチは弱いからアンタらも手伝ってな♪」

「えぇー!?」

ローレライを持っていかれそうになり、更には魔王退治を手伝えと言われてリップの頭はオーバーヒート寸前だったが、ここでようやく状況を把握したローレライから決定事項が告げられる。

「分かりました。漫才やります。そして魔王退治も私とリップちゃんが手伝います。」

フンスと鼻息荒くやる気を出したローレライを見て、リップは彼女の頭に脳がちゃんと入っているのか本気で疑った。

「ガッハハハ♪魔王にもツッコんだるでぇ♪」

「オホホホホ♪」

笑い合う人間とエルフ。こうして人間一人とエルフ一人とフェアリー一匹による魔王退治の旅が始まることになったのだが、前途は多難である。






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