加速する初めての気持ち3
ディノスの部屋に戻り、レティは彼のベッドを借りた。
ソファでいいと遠慮して引き下がったが、「俺がリックから文句を言われる」とのことで、ディノスがソファへ横になった。
寝着に着替えて小さくなったユーシュテがドールハウスに登り、ベッドに潜るのをじっと見つめていたら、見られていると寝られないと怒られた。
それでレティがしゅんとしてしまったので、ユーシュテは起き上がった。
「うあぁー、もう!手が掛かるわね!」
布団を持ち、ユーシュテが梯子を降りた。
「クッション持ってきて」
言われた通り、ソファにあるクッションをディノスから受け取る。
「一緒に寝てあげるから、寝返りとか寝相で潰さないでよ!」
「うんっ」
自分の枕の横にクッションを置き、手のひらに乗せたユーシュテを運んだ。
「電気消すぞ」
「はぁーい」
ベッドに潜り込んで返事をし、ディノスが電気を切った。
「ユースちゃん」
「何よ?」
「ずっとここにいてね。夜中に帰らないでね」
「あー、はいはい。分かったから寝てちょうだい。あたしたちが寝られないでしょ」
「うん」
(リック様がいない……)
ベッドが広く感じた。
しばらくゴソゴソと動く音が聞こえていたが、そのうち疲れて寝てしまった。
どのくらい経ったか分からない。
レティは夢を見ていた。リックがレティの前を歩いている。
二人とも普通に歩いているのに、距離が少しずつ広がる。
レティは走り出したが、どんどん赤い背中が遠ざかる。そして。
『リチャード、待ってたわ』
金髪で美人な女の人が現れ、リックの腕に抱きついた。
エンジ色で胸元が大きく開いたドレスから覗く胸がリックの腕にあたってふにゃりと形を変える。
リックの手が、剥き出しになった金髪美女の肩を抱き寄せた。
『リック様……っ』
叫んだはずなのに声が出ない。
(離れていかないで。私にもあんな……)
「……ック……ま……」
身動ぎした眠るレティの長い睫毛が湿る。
声に気がついたユーシュテが起き上がった。
「寝ながら泣くなんて……」
クッションから降りて、小さな手でポンポンと額を叩いた。
ディノスは視線だけを向けて、二人の様子を見守った。
船長室。リックはリックで寝られずにいた。
寝ている自分の側で聞こえる寝息も、ふわふわとした小さな華奢な身体もない。
(俺、どうやって寝てた……?)
レティが来る前の感覚を上手く思い出せず、寝返りばかりうっていた。
頭の後ろを抱えるように腕をあげて、目を開けた。
薄暗い天井を見ながら、レティを想う。
街の一角で、レティはどういう表情をして自分を見ていたのだろう。
リックを頼りにしていることは知っていたし、そんな彼女を守れていると思っていた。なのに。
(俺が泣かせんのか)
謝れば、もう一度戻ってくれるだろうか?
笑ってくれるだろうか?歌ってくれるだろうか?
「レティ……」
ため息混じりの声は、闇にとけて消える。
夜が長そうだ。
「……」
リックの部屋と違って太陽の光が差し込むため、レティは目を覚ました。
ブラインドの向こうがオレンジ色だ。
枕元に置いてある時計は、五時すぎを指していた。
隣ではクッションにユーシュテが丸まっていて、ぐっすり寝ている。
何となく気持ちが悪くて、ユーシュテを起こさないようにレティは起き上がった。
けれどベッドのスプリングが少し弾んで音を立ててしまい、ユーシュテがうっすら目を開けた。
「起きるの……?」
「お風呂入ってくる」
「そ……」
ディノスも寝ていたので声を潜めて答えたら、ユーシュテは了解してまた寝てしまった。
胸が苦しい。締め付けられる。
汗もたくさんかいたようで、肌が少しベタついて洗い流したかった。
リックが朝にしか風呂に入らない気持ちが分かった気がした。
幸い大浴場は静かで、風呂場にも誰かの洋服がないので一人だと分かった。
レティがシャツの裾に手をかけて引っ張りあげようとしたら、布が突っ張った。
しかも、少し裂ける音もして。そして白い何かがパサリと床に落ちた。
「……?」
手を離して自分の格好を見たレティの目が点になった。
「ふぇえ?」
思わず変な声が出て固まった。




