酒場で見つけた天使6
それはあっという間だった。
身軽な動き、洞察力、無駄に力を入れなくとも、確実に相手を仕留める的確な攻撃。
店の外にやられたクルーの体が、山のように積まれていった。
「こ、うなったら……」
最後に取り残されたクルーは、仲間が吹き飛んだ時に、レティの腕を引っ張った。
「あ……っ」
が、人質にされる間もジョアンが取り戻す暇も無く、床に転がっていた短剣を男拾って素早く投げ、クルーの二の腕に突き刺す。
「ぐあっ」
「弱い者を盾にしようなど、やはり下衆だな」
よろめいたその最後の一人が応戦している男に容赦なく倒され、白目を剥いて地面に仰向けに転がった。
船長を吹き飛ばしてから、まだ五分も経っていない。
レティは膝と両手を床に着いたまま、ぽかんとしていた。
男は服を叩いて埃を払う。そして、いつの間にかカウンターの椅子にかけられていたロングジャケットを取った。
「マスター、店を滅茶苦茶にしてすまなかった」
男はコートの中から何かを取り出して、カウンターに置く。
「ドアも壊してしまったし、修理費用と会計はこれで勘弁してくれ」
「い、いや、そんな……。こちらこそレティを助けていただいて助かりました」
ジョアンが立ち上がる。
「お代など結構です」
そんな店主に向かい、彼は少しだけ笑みを見せた。
「貰っときな」
それだけ言うと、ジャケットを肩に担ぐように掛けて出ていった。
「!」
呆けていたレティはやっと我に返り、立ち上がって店から去っていく足音を慌てて追った。
「おっ……、お待ちください!」
「?」
男が足を止め、少しだけ振り返る。レティはその背中に向かって頭を下げた。
「本当に、……ありがとうございました!」
ジョアンもレティも救われた。その感謝の意を込めて、膝に手をついて深々と。
足音が今までと逆に此方へ向かってくる。
五歩でそれは止まり、月明かりに照らされて男の影がレティを暗くした。
ぽふ、と軽く頭に手が乗る。
「可愛いってのも、大変だな……」
「え?」
レティは顔を上げる。改めて見る男の顔。
容姿端麗で、肩の向こうに上がる月の影響も手伝い、妖艶に見える。
「近いうちに、何かお礼をさせてください」
その言葉を聞いて、男は口の端を少し上げた。
「そうだな。なら……」
頬を男の左手が包む。そして身を屈めた男の唇がレティの反対側の頬に触れた。
レティの心がドクンと大きく跳ね上がり、ざわめき出す。
男が離れ、触れられた箇所を無意識に手で触る。
「礼はこれで十分だ。じゃあな」
男はゆっくりとした足取りでレティから離れ、去っていった。
無許可に触れたあの海賊たちには嫌悪感しか感じなかったのに、目の前の彼にはそれがない。
それどころか、身体の芯から痺れて甘く疼くようなこの感情は――。
(何……?)
レティは夜風に煽られる髪を抑えながら呆然と立ち尽くし、視界から消えるまで深紅の後ろ姿を見つめるのだった。