焼け焦げる胸と芽生える感情2
翌日目を覚ましたら、リックの姿が部屋の何処にもなかった。
その事に気がついて、レティはすぐに飛び起きる。
壁にかけられている時計は昼に差し掛かろうとしていて、レティは慌てて着替えた。
袖の膨らんだシャツと瞳の色と同じ濃紺のワンピースを着て、部屋を飛び出した。
(リック様)
パタパタと小さな足音をさせて走る。食堂を過ぎて甲板に出たら、ジャンと会った。
「おお、お嬢ちゃん。おはよう……いや、おそようかな?」
「おはようございます。ジャン様、その腕……」
太い腕に包帯が巻かれている。
「先日の騒ぎの時、お湯がちーっと引っ掛かってな。軽い火傷したんだよ」
あの騒ぎはレティを狙って起きたものだ。しゅんとしたレティを見て、ジャンがわしゃわしゃと頭を撫でてくれた。
「お嬢ちゃんのせいじゃねぇよ。この仕事してりゃ、襲撃されようがされまいがこういう事故はあるもんだ。そうだ、船長なら中にいるぞ」
「!」
レティの表情が変わり、「お嬢ちゃんは本当に船長が好きだなぁ」なんて言われてしまった。
少し恥ずかしくて、「失礼します」もそこそこに食堂に入った。
ドリンクコーナーの近くに、新聞を広げる彼の姿があって。邪魔しないようにドアを静かに閉めて音なんか出さなかったのに。
「起きたか、レティ。コーヒー飲んだら部屋に戻ろうと思ってた」
それから顔を上げて手招きされた。
レティは何だか泣きたくなって、唇を噛んで堪え、リックの側に行く。
「どうした?」
横に立つレティの顔を見て、彼が問う。
「ん?」
背中をポンポンとあやすようにされて、思わずリックの袖を掴んでしまう。
(部屋にいなかったから、不安で追いかけたなんて)
言えるわけがない。依存しているみたいだ。
リックは新聞を閉じ、立ち上がった。
「何か思ってるなら言ってくれ」
優しい言葉と、それから抱き締められてしまったら。我慢がポッキリ折れてしまう。
「起きたらリック様がいなくて……」
「寂しかったか?」
リックはレティを左腕に座らせるようにして抱えた。
子どもじみた自分が恥ずかしくて、リックの肩に額をつける。空いた右手でレティの背中を擦り、リックはいたずらっぽく言う。
「レティに不安な顔をさせるバカな男は誰だろうなぁ?」
「……」
「ごめんごめん。許してくれ」
眉を寄せて泣きそうな顔で見上げられ、リックは脱力したような笑顔を見せた。
リックと離されて彼の見えないところで受けたことが、元々そんなに強くないレティの心をより一層弱めているようだ。
「レティ、実は今朝、島に着いたんだ。他の連中はもう出掛けたんだが、レティはどうしたい?」
レティを床に降ろしてから、リックは問う。
「外に行くか?」
「行きたいです……」
「じゃあ、行くか」
「はいっ!」
「じゃあ、上着を持ってくるから甲板で待っててくれ」
レティを連れて木箱の所に座らせ、リックは船内に戻った。
しばらくして戻ってきたリックは、赤いロングジャケットを羽織っている。
それは故郷の島でリックが着ていたもの。
「リック様、それ……」
「目立つ色だから、はぐれても少し離れても見つけやすいだろ?」
レティは嬉しくなった。彼は、レティがどことなく不安を抱えていることに気づいているのだ。
「レティ」
彼が手を差し出した。レティはその腕にぎゅっと抱きつく。
「リック様!私、そのリック様のジャケットの色、好きです!」
そう言ったら、彼がいたずらっぽく笑った。
「好きなのはこれだけか?」
「……えっと」
レティの体に火が灯る。恥ずかしくなって俯いたら、「ごめんごめん」とまた謝られた。
それから指を絡めて手を繋ぎ、甲板から下に降ろされた階段を下った。




