狙われた歌姫と現れた鳳凰8
誰かが話す声が耳に入り、それから閉まるドアの音で目を開けた。
レティはベッドの中におり、目の前に椅子に座って本を読むリックがいた。
僅かに動いて、布の擦れる音でリックが本から目を上げた。
「気がついたか?レティ」
リックは本を閉じて枕元に置き、手を伸ばして額から頭へと手を滑らせる。
見慣れた船室、リックの部屋。それなのに、夢じゃないかと不安になってしまう。
「リック様……」
布団から手を出したら、リックも手を伸ばして指を絡めてくれた。
暖かく包んでくれる手に安堵が広がって、確信を得られた。
(本当に、戻ってこられたんだ)
「船医に診てもらって問題ないようだったが、辛くないか?」
「はい」
小さく答えたら、リックが深く息を吐いた。そして、覆い被さって布団越しにレティの胸へ額を着けた。
「何ともなくて良かった。今回のことは、俺の判断遅れと力不足だ。助けてやれなくてすまなかった」
言葉の最後の方が掠れる。レティは空いた手を布団から出して、リックの頭に置いた。
「リック様、泣いてますか……?」
「いや、大丈夫だ……」
リックの顔が上がらない。少し経って、またリックの声が続いた。
「レティが沈められて殺されるかもしれないと思ったとき、頭が真っ白になった。レティの方が怖かったのにな。悪い」
「いいえ。リック様が悪い訳じゃないです」
「レティと引き離されて、発狂しそうなほど怒りを感じて、同時に心が締め付けられて苦しくて痛かった。今も、夢なんじゃないかと思ってしまう俺がいる」
(辛くて苦しかったのは、私だけじゃなかったんだ)
レティはリックの頭を撫でた。
「リック様、顔を上げてください。私も同じです。夢なんじゃないかって怖いです」
リックの体が上がった。
泣いてはいなかったが、自分を見つめる瞳が泣くよりも酷く悲しげだった。
それで、リックがずっと自分を責めているのだと知った。
「私、戻ってこられて嬉しいです。リック様が助けに来てくれて嬉しいです」
小さな声で言ったら、リックが手の甲で頬を撫でるように触れてくれた。
「レティ、何も怖いことをされなかったか?」
ドキリとした。あの船で受けたこと、そこで思い出してしまったことが甦る。
(だけど、言えないわ)
これ以上、リックに苦しんでほしくない。レティは優しく笑って頭を振った。
「大丈夫です」
レティの答えを聞いて、リックの顔色が良くなった。
「レティ」
「はい」
「触れても……いいか?」
「……はい」
切なげな声に答えたら、リックの大きな手がレティの頭から頬へ撫でてくれる。
レティの手が取られ、指先にも手の甲にも、唇が優しく押し当てられた。
心地よさにレティは目を閉じた。
アイトールから手に口付けられたときは、怖くて止めてほしくて拒絶しかなかったのに。
リックは違う。同じ行いでも、リックの場合とリック以外の者にされる場合とでは、やはり違うようだ。
髪にも額にも頬にも鼻の先にも、リックの愛しさが雨のように落ちる。
「レティ」
呼ばれて目を開けた。そして、リックがレティの耳の横に手をついて、身を屈めた。
唇に柔らかいものがふわりと当たる。
あまりにも近づきすぎて、リックの顔がぼやけて見えない。
触れあったのは一瞬だけで、脳がきちんと意識する前にすぐに離れた。
「リック様……?」
リックは、頬にちゅっと音をたててキスをしてから顔を上げた。
レティはしているのかしていないのかわからないくらい、ゆっくりと瞬きを繰り返す。
寝起きでボーッとしていたし、疲れていたから思考が上手くついていかない。
「……大丈夫か?」
聞かれて頷きだけを返す。
「すまない。嫌だったか?」
緩く頭を振ったら、リックが少し可笑しそうに笑った。
「そうか」
安心させようとすると、必ずリックは撫でてくれる。
今もそうだ。何回も何回も撫でられているうち、安心して眠気が襲ってきた。
トロトロとしたレティの表情を見て、リックは囁く。
「寝て良いぞ」
「手……」
いつの間にか離れてしまっていた手が寂しくて言うと、きちんと指が絡められた。
「ずっと……」
「ああ、ずっと握っててやる」
その言葉に安心してレティは目を閉じた。




