狙われた歌姫と現れた鳳凰4
「知っているか?歌姫。とある遠い国に、鳴かない鳥を力づくで鳴かすと言う言葉があるのを」
「え……?」
「私の言うことが素直に聞けないと言うのなら、まずはその声に別の歌を歌ってもらおうか?」
手首を頭の上でひとまとめにされてしまうレティ。振り払おうとしても敵うわけがない。
「本当にいけない子だ。自分がどんな格好をしているかも知らないで」
「!」
まだ濡れているワンピースが肌にピッタリ張り付いて、体のラインを浮き彫りにしている。
そればかりか、下着もうっすら透けているではないか。恥ずかしくて一気に体が熱をともす。
「いやぁっ!見ないで!」
悲鳴を聞いて、アイトールは気分を良くして口の端を吊り上げた。
赤い顔で涙に縁取られる藍の瞳。悲しみと怯えを含む光。白い肌もしっとり濡れた髪も。
その姿にアイトールの喉が鳴る。
「私の愛に溺れ、乱れ狂え歌姫。骨の髄まで染み込ませてやろう」
レティに跨がり、頬に手を添えて顔を横に向けさせる。
普通よりは長い蛇のような舌が耳に触れ、それから首筋を這った。
「いやっ!やめて下さいっ!何をなさるんですか!」
「この状況で何をするもないだろう?」
アイトールは言ってから、酷く戸惑いに溢れる表情を見た。
「まさか……本当に知らないのか……?」
(一体、どういう育ち方を……)
一瞬面食らったが、珍しいものを見るようにレティを見た。
今までとうってかわり、親指で頬を撫でた。
「穢れを知らぬのだな」
「……?」
「分かった。ならばできるだけ優しくしてやろう」
「え……えっ!?」
アイトールの指先が首筋を上に辿り、自らがベッドに纏めて縫い付けたレティの腕をなだめるように擦る。
それからが地獄だった。二人の顔の距離がだんだんと近づいていく。
レティは反射的に顔を背ける。
「やっ!」
「こちらを見るんだ……」
「いや、いや!いやぁっ!リック様ぁっ!」
泣き叫ぶ声を聞いて顔を上げ、アイトールはレティの頭を撫でる。
「他の男の名前を呼んでくれるな……」
視線同士がぶつかる。藍の瞳は拒絶の色を秘めていた。それを見て淡く笑む。
「抗われ、拒絶されればされるほど、手にいれたくなると言うのが性だ」
ついに溢れた涙を拭ってやり、レティの顔を掴む。
「諦めろ、歌姫。この船は外から目に捉えることは出来ない。景色に同化するからだ。お前の心に居座る男が来るはずもないのだ」
羞恥に涙がはらはらと頬を伝う。細い肩に手が触れた瞬間、ビクっと体が揺れる。そして頭の中が光った。
「……っ!」
忘れていた何かが一瞬出てきた。が、アイトールがレティの手首を掴んだまま、慈しむように髪から頬を撫でる。
怖くて握りしめているレティの手に口付けられた。
「あまり強く手を握るな。傷になるぞ」
レティは頭を激しく振った。
「も……、放してくださ……」
「悪いがそれは出来ん願いだ」
「美しい……」
「見ないで下さい……っ」
アイトールがくびれた華奢な腰に触れ、驚いて体が跳ね上がる。
「や……っ」
「おっと?」
ニヤリと笑われ、囁かれるようなその言葉が頭に響く。
「あ、あ……」
頭がチカチカした。痛みはチクチクと中を貫く。
(割れそう……)
レティの頭に低く下卑た声が甦った。
『おっと?レティアーナ、今の反応はなんだ?』
(思い出したくない!)
服を引っ張られ、幼い全身を這い回られる手。
流石に内部への侵入はなかったが、いつも自分は心を砕かれ泣かされていた。
自分を物のように扱っていた、ジョアンの前の変質的な養父に。
「やっ、やっ、やっ……。いやぁあああ――っっっ!」
大きく悲鳴を上げたレティの体が、金色に発光した。アイトールは眩しさに腕で目を覆う。
「……っ、何なんだ?」
「私に……触らないで……」
啜り泣きと共に呟かれたレティの言葉。
直後に天涯が崩れ、アイトールは体を飛ばされて壁に背中を激突させた。
部屋に浮いているのは、透明な金の翼を背負ったレティ。虚ろな瞳から涙が溢れていた。
そのまま上を向くと、光の線のようになって天井を突き抜けて飛んでいった。
部屋に脱げたワンピースが残される。
呆気にとられていたアイトールだが、我に返って立ち上がった。ドアの近くの壁につけられた内線を取り上げる。
「歌姫がいなくなった!全クルー捜索にあたれ!必ず見つけて連れ戻せ」




