狙われた歌姫と現れた鳳凰
『いやぁっ!リック様っ』
『リッ……ク……様……』
渾身の叫びも、弱々しい中発せられた声も。木霊のように響き、耳をついて離れてくれない。
無理矢理離されるなんてこと、予想すらしていなかった――。
いつもと同じ日常は、突然幕を閉じた。
いきなりのことで、誰も皆、呆気にとられるばかりだった。
「これで最後だねっ」
石鹸の香りとお日様の匂い溢れる、乾いたタオルの一枚をレティは取った。
日々鍛練に励むクルーたち。使用する数も半端ではなくて、特にタオルが毎日山のように溜まる。
たくさんの洗濯物を干すのも取り込むのも大変だけど、ユーシュテや当番の他のクルーと一緒に作業するのも、物干し竿がある場所から見える景色もレティは好きだった。
タオルを持って走っていたら、すごい衝撃がした。
ドゴォン……!何かとんでもない大きさの生き物に衝突されるか、敵船から大砲を打ち込まれる。
そんな激しいものだった。
ひっくり返るのではと思われるほど船は横に傾き、元に戻ろうとする力と反発しあって左右に大きく揺れた。
海水もなだれ込んできて、甲板にいたクルーを巻き込んで襲いかかる。
至るところで驚きの声が上がり、大騒ぎになった。
「キャ――っ!」
大きかったユーシュテが壁に背中をぶつけ、一瞬にして小さく縮む。
「ユースちゃん!」
レティも立っていられなくて転び、床で転がっているような状態だったが、此方に弾んできたユーシュテを手に庇う。
何かに掴まれば立てるくらいになったとき、リックとディノスが船内からクルー数人と一緒に飛び出してきた。
「何事だ!敵船か!?」
「船からクルーが落ちていないかとケガ人の確認を!それから見張りがどうなってるのか、すぐに確認を取れ!」
ディノスが指示を出す。
「敵船は見当たりませんでしたが……。現在も確認できません!」
「どういうことだ……?」
皆がバタバタし始め、レティは頭にかかっていたタオルを払って起き上がった。
「いたたた……。ユースちゃん、平気?」
「何とか……。助かったわ」
ユーシュテがレティの手から立ち上がった時、その背後に気がついた。
「あれ、何ッ!」
ユーシュテの示す先。目視できるどころか、隣接すると表現するほど近くに黒い船が現れた。
「えっ!?」
「降りてこい!レティ!」
レティ達に気がついたリックが鋭い声で叫ぶ。
同時に目の前がぼやっと虹色に光ったと思ったら輪郭が出てきて、目玉がギョロギョロとして舌の長い何かが現れた。
「きゃあっ!」
驚きと気持ち悪さでレティの体が固まる。
リックが慌てて此方に走ってくるが、それよりも二度目の衝撃の方が早かった。
「リック!!撃たれるぞ!」
甲板にいたディノスが大声で警戒を叫ぶ。
黒船の先端についた大砲が、レティのいるところに向いている。




