揺れるのは周りの心ばかり?6
「美味しい……。美味しいです、リック様……」
言いながら、感極まって涙がポロリと溢れた。
「すみませ……。嬉しくて」
レティは涙を手の甲で拭ったが、それでもまた溢れてきた。
「おや、嬉しすぎて泣いてるのか?お嬢ちゃん?」
料理を甲板に運び入れるシェフ達の合間に、料理長が気づいて声を掛けてくれた。
「はいっ、はいっ」
レティは頷いた。リックの手の甲が頬の涙を拭いてくれる。
「リック様、私……こんなに大勢の人に歓迎してもらえるなんて、初めてです」
養父以外、誰もレティの歌に耳を傾けなかった。それどころか、敬遠されてしまった。
居場所がなくて閉じ込められたような息苦しさ、辛さ。ただ我慢する毎日。
「おじ様以外、歌を好きになってくれる人はいないと思ってたんです」
かなり騒がしくはなっていたが、レティの言葉を聞いていたクルーが大声で言った。
「何でー?俺達レティアーナちゃんも歌も大好きだよー!」
「もっと聞きてぇし、その声を守りてーよー!」
「来てくれて嬉しいぜ」
また涙が一筋頬を伝う。レティは微笑みながら言った。
「ありがとうございます、皆さん。リック様、幸せです。ここに来て良かったです」
「そうか」
「私もこの船の皆さんが好きです」
大きな手が頭の上をくしゃくしゃと撫でた。二人で笑いあっていたら、声がかかった。
「レティっ!」
ビュッフェのように並べられた料理の所に、いつの間にかいたユーシュテが手を振っている。
「早くしないとなくなるわよ!たくさん食べて、おっぱい大きくなんなさい!」
「……何でこういう場で、恥ずかしげもなくあんなことを言えるんだ?」
呆れ返るリックの表情を見て、レティは可笑しくて笑ってしまった。
それから二人でユーシュテのところへ歩いていく。
たくさん食べて笑って、あっという間に十時を過ぎてしまった。
潰れたクルーは仰向けになったりいびきをかいたりして、甲板に寝転がっていた。
ポーカーをしているグループもあり、勝ったの負けたので騒いでいる。
少し前まで騒がしかったのは、ディノスとユーシュテのところ。
飲み事になると、二人は恋人同士なのに先にどちらが潰れるかの勝負を始めてしまい、それが際限なく続くとのこと。
勝負がつかずに煽ったり見ていたりしたクルーはそのうち散って、今二人は床に仲良く座って何かを話している。もちろん、アルコールは持ったままだ。
少し火照ってきたレティに気づいたリックは、レティに声を掛ける。
「酔いざましするか」
「はい」
二人で甲板を歩き、積まれた木箱にリックが座る。
「レティ、月が出てる」
リックの指の方向に、明るくて大きな満月があった。
「綺麗ですね」
月を見つめるレティの腰に手を回し、リックは自分の方へ引き寄せた。
「きゃ!リック様!?」
あっという間に、リックの膝の間におさまってしまった。
「レティ……」
嬉しさに涙を溢す姿も、空を見上げて月明かりに照らされる姿も、全てリックの心に輝いて映る。
愛しさを込めて、レティの髪にキスをした。そして小さな耳元で囁く。
「レティの歌が聞きたい。今ここで俺のために歌ってくれ……」
低い声が体に響いてドキドキせずにはいられない。
動揺を抑えようと手に力を入れたら、それを和らげようとするリックが、抱きしめながらも腕を擦ってくれた。
レティは数回深呼吸をして藍色の瞳に満月を映し、リックの腕に自分の手を添えた。そして歌い出す。
ディノスやユーシュテも含め、会話や遊びがピタリと止まった。
寝ていたクルーも目を覚まし、寝転がったままもう一度目を閉じて聞き入る。
心が洗われるような歌声が、夜を静かに彩っていた。




