揺れるのは周りの心ばかり?5
そして丁度良く、書庫がノックされた。
「レティ、ユーシュテ。まだいるか?」
リックの声だ。
「レティ、ちょっと出てきてちょうだい」
「はーい」
掃除用具を片付けていたユーシュテに言われ、レティはドアを開けた。
「リック様」
「作業は終わったのか?」
「はいっ」
「そうか。レティ、ちょっと後ろを向いてくれないか?」
「はい?」
会話の流れと違うことを言われ、首を傾げるレティ。
背中に糸くずがついているとのことなので、リックの言う通りにした。すると。
シュルッ。黒っぽい布のようなもので、視界を塞がれた。
あっという間に、頭の後ろで動かないように固定されてしまう。
「えっ?何……?リック様!?」
「取らないでくれ。大丈夫だから」
「えっ、えっ!?」
何が大丈夫だと言うのだ。レティは不安になった。
五感の一つが塞がれたせいで残りが敏感になり、リックが近くにいるのは何となくわかる。
「ちょっとごめんな。すぐ外すから」
リックはレティの手を引き寄せ、抱き上げた。
「怖かったら、俺の首に手を回して掴まってな」
レティが手探りでリックの肩から首に手を回す。振動と靴の音で歩き始めたと分かった。
しばらくして立ち止まったと思ったら、ドアを開ける音がする。波の音が聞こえ、リックは言った。
「ユーシュテ、レティの目を見えるようにしてやってくれ」
ユーシュテも一緒にいたようだ。
彼女が頭の上に移動するくすぐったい感触がして、布が取り払われた。そこにあったものは。
静かに降ろされたレティが見たのは、甲板に集まったこの船のクルー全員。
シェフもいたので、レティが最初にここに来たときより人数が多かった。
あの時は仕込みをしていたシェフは厨房にいたからだ。
「レティの歓迎パーティだ」
自分を見上げたレティに、リックは種明かしした。
ユーシュテがリックの肩から飛び降り、大きくなる。
ここまで来て、全てのことが分かった。
食堂が立ち入り禁止になったのはパーティの準備のため。
リックがユーシュテの伝言を伝え、ユーシュテとレティが作業をしていたのも、このことが悟られないためで。
これは計画されたサプライズだったのだ。
ディノスが三人分のワイングラスを持って、レティ、リック、ユーシュテの順に渡す。その後に料理長のジャンがシャンパンを注いで回った。
波打ちながら泡を立てている液体は、綺麗な薄ピンク色をしている。
「綺麗……」
「酒蔵にあったシャンパンの中から、船長がお嬢ちゃんの為に選んだんだよ」
レティの呟きに、ジャンが教えてくれた。
リックの深い優しさを感じ、瞳が自然と潤んでしまう。
「ありがとうございます。リック様。嬉しいです」
リックは嬉しくて震えすら出てしまっているレティの肩を抱いた。
「改めてこの船にようこそ、レティ。さあ、パーティを始めよう。我らが歌姫に……」
リックの仕切りに合わせ、クルーやシェフはビールジョッキを、レティ達はグラスを掲げた。
「カンパーイ!」
全員が声を揃えて叫び、ガラスのぶつかる特有の音がした。
一口飲んだら、甘酸っぱい味と香りが口に広がった。




