揺れるのは周りの心ばかり?3
スタートと同時にクルーが飛び出した。
ジャンプをして棒を降り下ろすが、リックが後ろに飛び退いて避けてしまう。
そして船員の肩に右手を向けた。クルーが危険を察知して目を見開く。
リックの足元に緑色の風が起きたように見えた。
レティが目を擦ったと同時に、パン!と高い音が空に響いた。
棒がくるくる回りながら、見張り台の方へ飛んでいく。
「うわあああっ!」
ゴオオオッ!小さな竜巻が発生してクルーの体が吹き飛んだ。
「リチャードのバカぁあっ!」
両手でレティの服をつかんだユーシュテが飛ばされそうになり、恨み言を叫んでいた。
レティはユーシュテを手の中に庇う。
彼が目を開けたら、跨ぐように立ったリックが仰向けに倒れたクルーの首の横に切っ先を着けていた。
「勝者、船長リチャード!」
「やっぱ強いっすね、船長」
「悪いな。これだけは頼まれても譲ってやれないんだ」
「いや、もう……スッキリしました」
リックは手を差し出した。クルーはそれを掴んで起き上がる。
譲れるわけがない。彼が想いを吐露してレティの意識がそちらに取られるなんて、考えたくもないことだ。
上を向いたら、手を叩いてレティが嬉しそうにはしゃいでいた。
途中でリックの視線に気がつき、手を振ってくれる。
挑戦者のクルーは仲間に連れられて、船内に戻った。
リックは片手を上げ、手招きしたらレティが掛け降りてきた。
彼女の頭に乗っていたユーシュテは、ディノスの肩に飛び移る。
「リック様!お強かったですね。おじ様のお店のとき以上で、びっくりしました」
「そうか……」
両手を合わせ、嬉しそうに言うレティの頭に手を置いた。
その時、あることに気がついたリックはレティの手をつかんだ。
「おいで、レティ」
引っ張って船の縁に連れてきて、海を指差す。レティの目が丸くなった。
「わあっ!」
少し離れたところに、大きな生物。クジラの白い腹が見え、そして高い水飛沫が上がる。
「初めて見ました!」
此方を見上げてくるキラキラした表情。
愛しさが溢れ出て、無意識に背中を自分の腕の中におさめていた。
「よっと」
「きゃっ、リック様!?」
レティの足を膝裏から抱え上げ、縁に座らせる。
その上で腰に手を回して落ちないようにし、小さな肩に顎を乗せた。
「落ち着く」
彼女の香りも、存在も。
リックの言葉を聞いて、レティはクスリと笑った。リックの頭を撫でてくれる。
「今日のリック様、ちょっと甘えん坊です」
「そうか?」
「そうですよ。そんなリック様も大好きです」
「……」
この彼女の言葉の意味が分かっていても、どうしても期待をしてしまう。
いつか、人としての敬愛の意味を越えて、一人の男として愛する意味を込めてくれたなら。
(この上ない幸せだ)
レティに気づかれない程度にリックは切なさを込めたため息をついて、彼女と同じようにクジラを見るのだった。




