酒場で見つけた天使3
もちろん、そんな声を出すのはレティ以外にいない。
理由は臀部に生暖かい感触を感じたからだ。
無骨で大きな男の手が、彼女の柔らかなそこに触れたのだった。
驚いたレティは数歩下がり、メモを持ったまま尻を腕で隠す。
「お客様、何を……」
「まあ、良いじゃねえか」
手の隙間を見つけて、今度は尻の片側を鷲掴みにされる。
こういう場所だし、露出をしての刺激は避けるべきだというのは承知の上。
動きやすさも考慮して七分丈のジーンズを履いていたのだが、構わず尻を揉まれる。
「どうかお止めくださいませ、お客様……っ」
あくまで相手は客で、振り払って平手打ち等と言うわけにはいかない。が、黙っているわけにもいかず。
「レティ!」
気づいたジョアンが声を上げる。
「ほぉ。姉ちゃん、レティって言うのか?随分可愛い名前だな」
このフロアでも特に身体の大きな男は、尻から腰に手を滑らせて、レティを引き寄せた。
レティの眼前に酔っぱらって赤い男の顔が近づく。生暖かいアルコールを含んだ息がかかった為、顔を歪ませた。
髭も髪の毛も焦げ茶色のボサボサした男の目は、厭らしく淀みぎらついている。
「こ、困ります、お客様。お願いですからどうか放してください」
「そう嫌がるなよ、レティちゃん?」
無意識に抵抗したレティの腕の力など、全く通用するはずがない。
「姉ちゃん、船長に気に入られたなんて光栄な話だぜ。喜びな」
周囲のどこかから声が飛んできて、そうだそうだと嘲いながら囃し立てる。気持ち悪さでレティは恐怖した。無意識に頭を振り、距離を取ろうと体が反る。
「やっ、や……」
義娘のピンチを見かねて、ジョアンがカウンターから駆けつけた。
そんなジョアンに向かって、船長の男は尋ねた。
「おいマスター、いくらだ?」
「はっ……?」
「この娘、一晩いくらだって聞いてるんだよ」
「い、いえっ。その娘にはそういう仕事を割り当ててはおりませんで……。どうかお願いです。申し訳ございませんが、その子を解放して頂け……」
「煩せぇ!俺の質問は聞いてたのかよ!聞きてぇのはそんな答えじゃねーんだよ!シラケさせんなや、このグズが!」
バン!と拳がテーブルに振り下ろされ、直後に足蹴にされる。
ジョアンに酒やつまみが振りかかった挙げ句、ガラスの割れる派手な音がした。
「おじ様っ!」
レティは息を呑む。それでもジョアンは膝をつき、床にこすりつけるように頭を下げた。
「どうかどうかその子を」
「しつけぇ!もういい!俺が連れていくと決めたら連れていくんだよ!」
船長が割れた酒瓶を取って振り上げた。
(あんなので殴られたら死んじゃう!)
「いやああっ!やめっ……止めて下さい!」
レティは敵わないと知りながら、反射的に太い腕に両手を伸ばした。
「おじ様を傷つけないで下さい。私、行きますから、何でも言うこと聞き――」
ヒュン!レティの言葉を切るように、視界で何かが光って駆け抜けた。
直後にカツッと音がして壁に何かが突き刺さる。それと同時に船長が叫ぶ。
「ぐ、ぐああぁああっっ!腕が!」
船長の腕から血が出ている。