歌姫さんの探偵になる決心8
「痛いですか?」
「い、いい、いや、べ、別に」
胴の差から上目遣いに聞いたら、クルーが視線を横に向けてしどろもどろに答えた。
「良かった。絆創膏を貼りますね」
レティが手を伸ばすと、手の届く範囲にあったはずの箱がない。テーブルに目を向けたら、誰かが動かしたように救急箱が反対側の向こうに行っていた。
「?」
ジャンは厨房に戻っているし、他のクルーはこちらを心配そうに見ていて動かしたりしないだろう。
不思議に思いながら椅子に膝をついて蓋の開いた箱を引き寄せ、絆創膏を取り出して傷口に貼り付けた。
「はい。終わりました。気をつけてくださいね」
ニッコリ笑ってクルーの手を放した。
「皆さん、皮剥きですか?」
「お嬢ちゃんを困らせたお仕置きにねー。こっちも手伝ってくれたらありがたいし」
レティの疑問には、厨房から答えが返ってきた。
「……」
赤くなっている全員が黙々と作業をしている。
「ちょっと貸してもらって良いですか?」
レティは声を掛けて、剥き掛けのジャガイモと包丁を借りる。
「力任せに包丁を動かそうとすると滑って危ないですし、実も一緒に削げてしまうので勿体無いです。包丁は軽く斜めにして、野菜を回すようにして、こう」
スルスルと一周分の皮が長く綺麗に剥けた。おおっとクルーから感嘆の声が上がる。
「それから、ジャガイモの芽はきちんと取らないと中毒になるから気をつけてくださいね」
一つを軽々裸にして、包丁を返した。そして木箱に入れようとしたが……。
「……」
微妙にレティの手の届かない位置にあった。
(もーっ!)
レティは頬を膨らませた。
こう何回も疑問を感じるようなことが起きてしまっては、勘違いでないはずだ。
野菜の皮剥きを手伝おうとしていた筈なのに、忘れてしまった。
(何なのかしら?)
椅子から降りて、食堂の外に出ていく。すると、少し歩いたところでトドメが来た。
「あっ、上ッ!」
掃除をしていたクルーの指先を辿って、上を向いた。バサッ!
「ひにゃっ!」
湿っぽい白い布が頭から被さり、変な声が出る。慌てて取ろうとして、よろめいた。
弾みで布を踏んで滑り、仰向けにひっくり返った。
「きゃ――っ!」
クルーがわーわー言いながら、駆けつけてくる足音がする。
すぐに白い布――もといシーツが取り払われ、手首を引っ張られて背中に腕が回って抱き起こされた。
「大丈夫か?」
丁度現場を目撃したディノスが膝をついている。助けてくれたのは彼だ。
「私、絶対正体を見つけ出しますっ!」
「は?」
珍しく悔しそうに頬を膨らませて叫ぶレティに、戸惑うディノスの姿があった。
謎解きの開始だった。




