酒場で見つけた天使2
「いらっしゃいませ」
レティが声を掛けると、ガラガラとした大きな声とニヤニヤとした笑いが返ってきた。
「この店にゃ、可愛い姉ちゃんがいるじゃねーか」
「おい姉ちゃん、急げ!酒だ酒!」
客の声に、レティはラミネートされたメニュー表とメモを持った。
「あっ、はい。ただ今」
ガヤガヤと大きな声がフロアを埋め尽くす。ここは海に囲まれた島。
海賊が来るのは頻繁ではないが、経験くらいはある。どんな人でもお客様だ。
聞き直したり復唱したりしながら、レティは丁寧にてきぱきと注文を取る。
全てのテーブルを一回巡り、カウンターに走った。それと同時に、またドアが開いた。
入り口に立っていたのは一人。店内に人が溢れている様子を見た新たな客が、踵を返しそうになったのを見て、レティが声をかける。
「あの!いらっしゃいませ。カウンターが空いております。そちらで宜しかったらどうぞ」
少し考えるようにそのまま立っていたが、やがて男はゆっくりとした足取りでカウンターの席に座った。
客席に注文の品を置き、カウンターに戻ったレティはメニューを彼の側に置く。
「メニューは此方になります」
入り口付近にいたときは夕日の逆光で見えなかったが、カウンターに座ったら店内の明かりに照らされて姿が良く分かった。
僅かに長いらしい黒い髪を赤い布で結わえ、レティの側からは表情があまり窺えなかった。
と言うのも、彼は黒い眼帯をしていたからだ。
彼は今ここを騒がしくしている連中とは違い、細身であったが肩幅の広さはやはり男性らしさを思わせる。
銀色のボタンとフリルのような襟がついた洒落たシャツの上に、一回り大きな深紅のロングジャケットを羽織り、薄いグレーのジーンズ、黒いブーツを履いていた。
彼はテーブルに左の肘をつき、手の甲に軽く顎をのせた。
レティの置いたメニューをちらりと横目で見ただけで、ジョアンに向かって注文をいれた。
「マスター、ウイスキーのロック」
「はい。かしこまりました」
その様子を視野の範囲で見ながら、「姉ちゃーん」と呼ぶ海賊たちの所へレティは小走りに向かった。
その注文のメモを取っていた時、騒がしさを抜ける高い声が走った。
「きゃああっ」