無意識の声4
「レティ!」
翌日、昼食を済ませてリックと食堂を出たところで呼び止められた。いつも通りのメイド服に、小さめのショルダーバッグを斜めに掛け、ユーシュテがこちらに歩いてくる。
「なあに、ユースちゃん?」
「ちょっと来て」
ユーシュテは、そのまま外へ続くドアを開けた。物干しスペースへ続く、木製の階段の所まで移動する。
「今日は風が全くないみたいだし」
腕をあげて伸びをすると、彼女の括れた腰や大きな胸など女性らしいラインがよく目立った。
それからバッグを開けてまず、畳まれた白い布を取り出して広げる。かなり大きめのそれを階段に敷いた。
「その上に座って」
「うん」
レティが腰を下ろし、黙ってついてきていたリックが口を挟む。
「一体何をするつもりだ?」
「あら、いたの」
分かっていたくせに、ユーシュテはわざと言う。リックのことはほぼ無視して、腰を少し屈める。ふわんふわんと波打つアプリコットブラウンの髪。レティのそれを少し手にとって見る。
「貴女、昨日の戦いで、髪が焼けちゃったり傷んだりしたでしょ」
そう言って、ポシェットから櫛とハサミを取り出した。確かに電撃を浴びたせいで、レティの髪の毛先が縮れたりしている部分があった。
「見てあげる。そんなにバッサリ切るわけじゃないから大丈夫よ」
「ありがと」
レティはユーシュテが座って作業できるように、少し体を斜めに向けた。
ユーシュテが少しずつ櫛を入れ、傷んだり縮れたりした部分をハサミで切っていく。
「ユーシュテ、お前自分の髪の手入れ出来たのか」
「船の上に長いこといるから、いつでも美容室に行けるわけじゃないし。枝毛切るとか、自分の毛先の手入れくらいは出来ないとね。不便なの」
頷き、作業の邪魔にならないようにリックは床に座り、頭の後ろに手をやって壁に寄りかかり、黙って見守っていた。
「これでだいたい、ダメージ受けた部分は取り除けたかしら」
暫くして、ユーシュテが言った。それからレティの前髪にも櫛を入れて触る。
「前髪も伸びたわね。ついでだから整えてあげるわ」
「うん」
「いいって言うまで目、閉じてて頂戴」
「はーい」
作業する音や、近くに寄ったせいで聞こえるユーシュテの呼吸に耳を澄ませる。
「ユースちゃん」
「ん?」
「ユースちゃん、なんかいい匂いがするの」
ふんわり漂う優しい花の香り。薔薇だろうか?
「ディノスが選んでくれたのよ」
「ディノス様が?」
「そ。ずっと前に立ち寄った街でコロンを買ってくれたの」
(あいつ、そんなセンスあったのか)
リックは二人の会話を聞きながら思った。
(レティなら……似合うのはスズランかシトラス系てところか)
のどかな午後はゆったりと過ぎていく。
「レティ、切り終わったから顔についた髪を払うわね」
今度はフェイスブラシを取り出し、さっと撫でて綺麗にした。
「さ、終わったわよ」
「ユースちゃん、ありがとうね」
「どういたしまして」
目を開けたレティが見たのは、寝ているリックだった。
「リック様、寝てる」
「レティが来る前は、よくこうやって外で寝てたわ。仕事サボってたりして、ディノスが怒って連れ戻しにきてたわ」
「あはは。そうなんだ」
「目閉じてるだけで起きてるぞ」
片目を開け、リックが答えた。
「寝てるのとそんなに大差ないわよ」
片手を腰に当て、呆れた声でユーシュテが言ったときだった。
「!」
リックが目を瞬時に開いた。背中を壁から離し、素早く立ち上がった。
「リック様?」




