【ラグナロク小話】歌姫さんの悪気ない疑問
船の上での暮らしにも、やっと慣れたレティさん。何やら船内をパタパタと足音をさせて駆け回り、誰かをお探しのご様子。
「リック様、リック様……」
船員にはすれ違うけど、お目当ての船長リックは忙しいのか中々見つからず。
レティは手を唇に乗せて、落ち着かない様子でうろうろ。
「どうした?レティアーナ」
聞き慣れた声に気づいてそちらを見たら、副船長ディノスの姿があった。
「何かあったのか?」
ソワソワと落ち着きないレティを見て、ディノスが問う。
「その、実は聞きたいことがあって……。リック様はどちらに?」
「リックは今、航海士と取り込み中だ。代わりに俺で分かるなら答えるが?」
この事はディノスの彼女のユーシュテから、『リチャードに聞いてちょうだい』と言われていたことだ。
(けど、ディノス様だって男の人だから分かるかも?)
レティは思い直して、ディノスを見た。
「そうしたら、それが……えっと……あれ?」
聞きたいことはあるのだが、肝心要の言葉が出てこない。
何かを思い出そうと唸るレティを、ディノスはいつも通り冷静に待っていた。
そうして、レティはつい最近見た写真のことを思い出した。
「あっ、そうです。ヒゲです!」
「髭?」
ディノスは聞き返した。
「そうです。どうやったら、おヒゲが貰えるんですか?」
「……」
ディノスは、口の上に薄い髭を生やしている。彼は何故女であるレティがそれを欲しがるのか疑問ではあったが、丁寧に答えた。
「レティアーナは女性だから、生やすというのは難しい。欲しければ店にいけば買えるぞ」
付け髭だと解釈したディノスの説明はこうだった。疑問の謎が解けたレティの顔が明るくなる。
「ありがとうございます!行ってみます」
軽く頭を下げて、レティは去っていった。早速後でリックと店に行こうと思うレティだった。
ディノスと別れて外に出たら、デッキブラシで掃除をするクルーが手を動かしながら話していた。
「でさ、その時に生死の境をさ迷って……」
「マジでか!よく生きて戻れたな」
その会話で思い出せなかった言葉が、ハッキリと蘇った。
「そうですっ!それです!」
レティの声に驚いたクルーが、会話を止めてポカンとした顔でこちらを見た。
「お陰様で思い出せました!ありがとうございます!」
「え?あっ、どういたしまして?」
お礼を言われたので反射的に言葉を返したが、何のことか全く分からないままの彼らだった。
その時に、コンコンと背後の窓ガラスが叩かれた。
「リック様!」
背後にあったドアについた窓の向こうに彼がいて、指で食堂に行こうとリアクションしたので、レティは外側から食堂に入った。
「ディノスから聞いた。俺を探していたみたいじゃないか?」
「はい!」
ちょこちょこと小走りに駆け寄ってくるレティが可愛くて、リックはアプリコットブラウンのふわふわな髪を撫でながらテーブルの間を歩く。
二人でセルフのドリンクコーナーからレティはアイスティー、リックはアイスコーヒーを取って近くの席に腰を下ろした。
レティはストローからアイスティーで喉を潤し、ニコニコとしながらリックに言った。
「リック様!お店に行きましょう!」
「何か欲しいものがあるのか?」
「見てみたいものがあるんです!私、ディノス様から聞きました」
細い人差し指が天井に向く。そして口から飛び出たのは。




