リックの不在10
「歌唄いさんですか?」
「そう……。ただし普通の歌じゃないぜ。スペシャルなオレの歌を聴いてみな!!」
エイが再び電気を纏って光り、ヒレの前にスピーカーを出現させた。何処からともなく音楽が流れてきたと思ったら、爆音に変わった。
ロック調の歌そのものは恐らく上手いのだが、音が大きすぎる。
「きゃあああっ!」
音波に当てられたレティ達三人は、耳と頭を押さえて床に膝をついた。
頭が痛み、体が痺れる。
「痛てぇ!おい、ど、……したら」
「……っ!まず、い!」
フィルに聞かれたところで、すぐに対処できるわけがない。
(五感に働きかけられる力だと防ぎようが)
ビュッ!
「しまっ……!」
エイの尻尾と思われるものがこちらに向かって飛んできた。 うずくまるレティを狙い、尻尾が絡みつくと思われた時、扉が開いて銃声がした。
パン!弾丸はそれを弾き返し、新手の登場で爆音も一時的に止んだ。
「お前達、大丈夫か!」
「ディノス様」
「副船長……」
ディノスの肩からユーシュテが飛び降り、床に手をつくレティの元に駆け寄る。
「レティ!大丈夫?」
増援が来てくれて、見張り当番の二人は息を吐く。とはいえ、油断はできない。
「なんだお前?リチャード・ローレンスじゃねーよな?」
ディノスを見つめ、男は首を傾げて言った。
「……そうだ。俺は違う」
ジッと目の前の男を見ながら、静かにディノスが答えた。まだズキズキと多少痛む頭を押さえ、レティが顔を上げる。
(あの方は恐らく)
明らかにエイは、歌を唄う男と契約をしているのだろう。
「ユースちゃ……」
「!」
少し苦しげな表情のレティが、淡く光りだす。腕が小刻みに震えている。金色のオーラが溢れ出て、荒波のように揺れているのが分かった。
「レティ、落ち着いて!大丈夫?」
「……はぁ……はぁ」
短く呼吸をして、乱れるくせ毛の合間から男を見た時だった。
「む!」
男と目が合う。弱々しそうな少女の視線が、殺気を込めて鋭く光った気がした。ディノスは男の指が少し動いたことに気がつき、銃を撃つ。しかし持っていたスタンドマイクでそれを弾いて少し上に持ち上げ、剣で切るように振り下ろした。
バン!雷撃が音波を乗せて衝撃波となり、船員を薙ぎ払うごとく襲いかかる。
「きゃあっ!」
「うわあああ!」
「ぐあっ!」
叫び声が混じり合う。波動に飲み込まれたレティは床を転げ、背中を壁で強打した。その衝撃で金のオーラが弾けてなくなる。
ディノスは腕を交差して床に膝をつき、少し引きずられるだけで済んだ。ユーシュテもレティの体にぶつかったのがクッション代わりとなり、大丈夫そうだ。
「成る程。やっぱり、そっちのお嬢ちゃんがそうってわけか」
全員が態勢を立て直す前に、エイの尻尾が再びレティへと向かう。ディノスがすぐに立ち上がって走り、銃身で阻む。代わりに腕に尾が巻きついて、離れられなくなってしまった。
「ディノス!」
見ていたユーシュテが名を呼ぶのが聞こえた。ディノスはそのまま尾を掴み、力を込めて引くが、当然離れてくれない上に相手は引きずられる様子もない。
「お前ぇ。邪魔すんなって」
バリバリバリ!エイが放った電撃がディノスを襲う。
「っ!!」
体に受けたダメージが、運悪くまだ塞がりきってない真新しい傷に響く。鎮痛剤で止めてあった火傷した背中の痛みがズキリと悲鳴をあげ、ディノスの顔が険しくなった。倒れるわけにもいかず、床に膝をつく。




