リックの不在9
フィルが、レティに向かって手を差し出す。
「レティアーナさん!下に降りて船内の安全な所へ」
その手を握る。相方のグレスは、扉から外へ出て警鐘を鳴らした。
「船長がいない時に限って……!」
そばにある顔が苦々しげな表情をする。船同士の距離がスピードを上げて縮まるのが分かる。今はまだ少し離れてるとはいえ。
支えられ、下へ続く棒を伝って滑り降りた。
「さ、中に」
走ろうと一歩を踏み出した時だった。
「お前ら、伏せろ!」
見張り台の方から大きな声が聞こえた。目に追えない影のような何かが素早く船の縁を横切っていくのがわかった。それが旋回をしているようで、光ったと思ったらバチバチという音とともに何かが飛んできた。
レティは手を引っ張られ、抱き込まれる形で床に転げる。
「大丈夫か!?」
「とりあえず」
下に降りてきたグレスに手を貸され、二人とも起き上がる。
「いやっほぉーい!『楽園の女神』がいるのはここかぁ!?」
マイクか何かで叫んだようなハイテンションな声が響く。旋回していた何かが急ブレーキをかけてに立ち止まり、視界に飛び込む。
巨大な翼。胴体は丸みを帯び、細く長い尾は先が槍のように鋭く尖っている。
その背に乗るのは、踝丈の底が厚めの黒いブーツ、ピッタリとしたジーンズも黒で何やらベルトらしきものが付いており、腰からはチェーンが装飾でベルト代わりに巻かれている。
ファーの付いた黒いジャケット。指にはいくつも指輪が嵌っている。赤いシャツ。銀のネックレス。髪は服と逆に派手な濃い金髪。前髪ごと後ろに流され、こめかみにピンが止まっている。
「エイ!?」
「えい……って、えいっ」
フィルの言葉を聞き、何故かレティが手を握って前に突き出したので、側にいた二人がガタッと体勢を崩した。
「何それ」
「レティアーナさん、掛け声じゃないんですよ。エイはあの生き物の名前です」
「アッハッハ。何が面白い嬢ちゃんがいるみてぇだな」
エイの背中に乗った男が、レティ達のやりとりを見て笑い声をあげた。
そして男は落ち着いた声で再度問う。
「さて、本題に戻るが……。オレは世の海賊が血眼になって探している、『楽園の女神』がここにいると睨んでるわけで。どこにいる?」
「ま、待ってください!」
アリオナでカナラスの発言をもとにばら撒かれた情報は、瞬く間に広がっているようだ。だが身に覚えのないことで追われ、仲間をその度に闘わせるのは困った話。
「誤解です!わ――」
「!」
私は違います!そう言おうとしたのだが、フィルが瞬時に手のひらでレティの口をおさえ、言葉を強引に遮られる。レティが驚いて横目で彼を見たら、敵が気づかないくらいに僅かに頭を振る。そして手を離し、少し動いてレティを背に庇うように前に立った。
「ほう。誤解とは?」
レティは両手で口を押さえ、頭をフルフルと振る。
「お嬢ちゃん何か知ってそーだなぁ。教えてくれない?どうしても?」
頭を振ったり頷いたりして応える。
(どうしよう。どうする……。相手の力も分からないし、出方が)
このままだとレティがますます墓穴を掘るのが目に見えている。もう少しすれば仲間が集まるのだろうが。グレスは力がある分、機転や頭を働かせるのは苦手だ。フィルが焦りながら方法を考えていると、先に相手が動いた。
「じゃ、しょうがないか。オンステージだ」
男が手を前に出す。エイが光り、バチバチと音を立てて電流らしきものを出し、それが男の手に集まる。それは長い棒のようなものになり、先に何かがつく。黄金のスタンドマイクが現れた。
レティは思わず手を口から離した。




