リックの不在8
今までは離れていたとしても、船のどこかにリックがいることが分かっていたから。
洗濯籠や余った洗濯挟みを片付け、レティは再び外へ出た。ユーシュテが先に頼んでいたらしく、見張り当番が一人降りて来ていて、レティを待っていてくれていた。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「レティアーナちゃん、しっかり掴まって」
手慣れたクルー、グレスに支えられ、合図とともに上へ上がって行った。
四方全て見える窓。太陽から散りばめられた光でキラキラ輝く波間。
「ここはいつ来ても……とても素敵ですね」
「そう行ってもらえると、連れて来た甲斐があったよ。俺たちはもう見飽きちゃってるけどな」
アハハと笑いながらグレスが答えた。窓と同じように、壁に沿ってぐるりと囲む木造りの椅子に腰を下ろし、 海を眺めた。時は一時半。
(リック様……)
「いらっしゃい。レティアーナさん」
「あ」
海に夢中で気がつかなかった。声をかけられて、もう一人の見張り当番が、隣の部屋の幼い顔をしたフィルだとわかった。
「そういえばさ」
マグカップに口をつけ、一口飲んでからグレスが聞く。レティは海から視線を反らした。
「レティアーナちゃんはどこで船長と出逢ったの?船長が歌に気づいて探したのはわかるけど、初めはその声の主がレティアーナちゃんだって知らなかったわけだろ?」
「そういや、二人の馴れ初めは聞いたことなかったけど……。いきなりそんなこと聞いていいのか?話したくなければいいからね」
「いえ、話すのは嫌とかはないんですよ。ただ……」
レティは気を遣ってくれたフィルに頭を振った。
あの島でリックと経験したものは、いつ思い出しても心をときめかせる。酒場で初めて出逢った時から、彼はレティを助けてくれた。
ほんのり頬を染めたレティは可憐で、それはまるで天使のようで。男同士の付き合いではなかなか見られない光景を見て、グレスがニヤニヤと笑った。
「何々?カッコいい船長でも思い出して、にやけちゃってるの?」
「!」
レティは現実に引き戻される。ニヤニヤして興味津々な相方を見て、フィルが拳で頭を殴った。
「やめれ。不躾な奴め」
「いってぇー!殴ったなぁあ」
「船長に喰らわないだけマシと思ってもらいたいね」
口を尖らせて後頭部を押さえるグレス。相方のフィルは、流石にレティよりは体格がいいとはいえ、他の仲間たちと比べたら小柄な方で。それなのに力はそこそこあるらしい。
重いシーツを何段も重ねて歩いたり、カートを引いたりするから当然なのだが。
二人のやりとりを見て、レティは口に手を当ててクスクスと笑った。
そんな時、二人の背後、窓を通して映る遠くのものに気がついた。
「珍しいですね」
「?」
叩き返すの阻止するのと、ポカスカとやりとりを続けていた二人が動きを止めてレティを見たので、向かい側を指し示した。
「船が見えます。通りかかりの漁船さんでしょうか?」
「え!?」
確かに小さいが船が見える。フィルが台に置いてあった双眼鏡を引っ手繰るように取り上げ、船を確認する。そして振り返る。
双眼鏡から見えたのは、船の上部に黒い旗。髑髏の印。
「まずい!敵船だ!!皆に知らせるんだ」
「え――!!!」
レティは思わず立ち上がって声を上げた。




